「其成行を如何す可きや」
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時事新報に掲載された「其成行を如何す可きや」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
其成行を如何す可きや
今の政治上の有樣を見るに民間の反對黨は唯取て代はるの外に望なく政府の當局者は只管
その地位を守るに忙しく雙方共に攻防戰守の間に日を消して曾て其他に及ぶの暇なきも
のゝ如し政治家の生活は功名の外に望なきものなれば一生を功名心の犠牲として必死の爭
を爭ふも敢て無理ならず又一時の爭の爲めに永久國運の衰退を致す可きにも非ざれば其狂
態は之を人々の自由に任じて深く患ふるに足らずとするも現に今日國家事業の着手す可き
もの多きにも拘はらず政海の風波の爲めに空しく日月を消して遲滯を致すは傍より見て堪
へ難き次第にこそあれ抑も官民相爭ふて遂には雙方共に其目的を達するの望ありやと云ふ
に我輩の見る所にては到底覺束なしと云はざるを得ず政府の當局者が反對黨と相對して相
爭ふ其口氣を聞けば民黨は政治上に破壞を目的とするものにして國家の毒物なり之に政權
を讓るが如きは思ひも寄らざる所なりとて之を擯斥する其一方に民黨の事情如何を尋れば
大抵皆言論の政客にして必ずしも實際に人民の利害を代表するものに非ず其目的は單に政
府を取て之に代り己れ自から人民を支配せんとするに外ならざるのみか其領袖たる人々の
中には曾て政府に立て今の當局者と事を共にし又は其命令の下に事を執りたるものも多け
れば今日に至りて政府を攻撃するに過去の事實を擧て不始末不信用など云々するは實は自
から攻撃するものと同樣にして辻褄の合はぬ談なれども内實の事情は兎も角もとして年來
政府が非常の不人望を極め一般の民情に於ては政府の事とあれば一も二もなく之に反對す
る其人氣に乘じて所謂民黨の旗を押立てたるものなるが故に其根據は頗る固くして容易に
拔く可らず故に政府の不人望にして回復せざる限りは假令ひ今の民黨をば力を以て排斥す
るも或は民黨自身に倒るゝも忽ち第二の民黨を生じて官民の關係は毫も今日に異なる所な
かる可し政府は頻りに排民黨の策を試み毫も功を奏せずして益々人望を損し民黨は勢に乘
るじて益々激論を逞ふするに至れば國事は益々遲滯するのみにて人民の不幸この上ある可
らず前にも述べたる如く政治上一時の爭は必ずしも國家永久の利害に關せざるものとして
姑く之を許すも政治家自身の爲めに謀るに雙方共に學生の心力を政爭に賭して却て政榮を
得ざるの境遇に至る可きのみ策の得たるものに非ざるが如し然かのみならず尚ほ茲（玄＋
玄）に空想を運らせば他年一日意外の奇變なきを期す可らず官民の爭既に其極度に達して
如何とも始末の付かざる其時に當り若しも年來政府に縁故深き老政治家の中に風と奇策を
案ずるものありて政府部内に立脚の地を固めながら一般の人氣を買ふの手段として今日民
黨の人々が喋喋する地租輕減地價修正の如き國家の大計上よりして苟も許す可らざる所の
ものを其儘に収めて自家嚢中の物と爲し之を以て天下に唱ふることもあらば或は忽ち一時
の人望を博して一時の勢力を逞ふするに至るやも知る可らず政治家の略として見れば是種
の奇案も敢て咎む可きに非ずと雖も一時の功名の爲めに國家百年の利害を忽にするとあり
ては决して恕す可らず現政府の政略に就ては民間の反對のみならず識者の非難も少なから
ざれども其非難の中にも尚ほ政府を見捨てずして多少に同情の意を表する者あるは何ぞや
當局者が今の難局に當りながら尚ほ氣力を張りて政權を執り立國の大計を動搖せしめざる
の决心あるが爲めに外ならず然るに若しも區々たる政爭に頓着して浮足と爲り左顧右視す
る其間に遂に漁夫をして奇利を得せしめ以て永遠の禍根を釀すが如きあらば天下の識者は
忽ち離心解體して復た政府を思ふ者なく又民間の政客も年來の政案をば他に奪ひ去られて
其身は後に取殘さるゝの不幸に陷る可し双方の不利不名譽これより大なるはなし左れば今
日の政府も亦民黨の人も今日の成行にして到底その目的を達するの見込なしと合點したら
ば更に方向を轉じて互に其功名心を滿足するの工風なかる可らず即ち其工風とは從來の爭
點を高尚に進めて君子の爭を爭ふことなり政權の取合は必ずしも議政の本色にあらず政論
の高尚なるものあれば政權を得ると得ざるとに論なく議政の能事終りて政界の榮譽亦之に
歸す可し其詳論は之を他日に讓る