「追加豫算案」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「追加豫算案」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

貴院が衆院の議定したる二十五年度追加豫算案に對し衆院にて削りたる海軍省の軍艦製造費等を復活せしめて更に衆院に送りたるに衆院にては討議の末、百二十三に對する百五十七の多數を以て受附く可きものに非ずと决議したり抑も衆院が軍艦製造費の支出を拒みたるは過日の時事新報にも一言したる如く國防上不當の决議なれば貴院にて之を復活せしめんとするは如何にも穩なる政案なれども衆院の論勢これを非として拒絶するとあれば是れ亦是非なき次第なり其拒絶論に貴院は衆院より送りたる决議を原案として修正す可きも最初より無き款項を新に插み入るるの權はある可らず憲法違背なりと云へば非拒絶論は之に服せず新に款項を加へたりと云ふも本來影もなきものを製作したるに非ず本と政府より提出して一度び剥がれたるものを舊に復するに過ぎず即是れ脩正の一法なり違法に非ずとて國費支出の利害を論ずるに遑あらず憲法論の勝敗を以て遂に拒絶に决したることなり憲法の解釋は隨分易からざることにして既に一昨日の衆院中にても其解釋法を二樣にし雙方相分れて人數を數ふれば百五十七と百二十六との多少にして其差僅に三十一にこそあれば黒白分明にして天下の議論ここに定りたるにもあらす况して貴院に於ては最初より憲法に從ひし積りにて此擧に及びたることなれば是れより貴衆の間に憲法論の交渉ある可きは自然の勢なるが如くなれども我輩は此一段に至りて特に事の穩便を祈るものなり貴院にて衆院の所爲を不當なりとすれば或は上奏云云の説もあらん事ここに至れば止むを得ざるに似たれども上奏の一事は憲法に明文こそあれ其實は容易に依頼す可き道にあらず此明文ありながら三十年にも五十年にも曾て之を利用したる者なし下界の政論は下界の自治に任せ如何にも處理して至尊を煩はし奉らずと云ふ其自治の間に臣民たる者の徳義も存することなれば此處は貴院の人人も篤と勘辨して政治社會全體の平和を重んじ自から貴族院の貴重なる體面を省みて始めて俑を作る勿らんこと切望に堪へず又實際に於て今回衆院が削る可らざるの款項を削りて唯徒に政熱病の容體を現はしたるが爲めに貴院が之に對して深切に注意を加へたりとの事實は社會一般具眼者の見る所にて既に明白なれば毫も貴院の榮譽に損する所なきのみならず自今僅僅半年を過ぎ次會の議塲には必ず右の款項も首尾能く通過し海軍省の計畫をして大に遲滯せしむることもなく衆院は非を改めて貴院は滿足するの日ある可し唯半年の日月のみ我輩は呉呉も其忍耐を勸告する者なり