「黨派政治の極難 (昨十七日の續)」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「黨派政治の極難 (昨十七日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

右の如く英國の自由黨は現政府を倒して之に代らんと欲するの熱情より遂に政治、宗教、社會、及び經濟上に非常の大革命を惹起さんとして憚る色なく尚ほ是れにても滿足せざるか、近來は議塲に畢生の力を盡して議事を妨げ議會をして全く無力無効のものたらしめ以て政府の解散を促かすものの如し盖し今日の實際に於て議事の妨げに忙しくする人人の中には着實公平にして能く事理を解する學者も少なからず平日は輕輕しく自から政治上の爭などに携はる人物には非ざれ共如何にせん政黨の熱に浮されて自から我一身を制御するの力を失ひ遂に斯る狂態を演ずるに至りしこそ是非もなき次第と云ふ可けれ左れば嘗て議會の模範として全世界に評判を博したる英國の國會も今は既に眞の議會たる性質を失ひ其議塲にて正正堂堂たる論辨討議を聞くことなどは到底望む可らず議事妨碍の盛なるが爲めに議員の多數は少數を支配すること能はず隨て議塲の爭は政黨と政黨との爭に非ずして殆んど内亂の紛擾を呈し代議政の實を行ふが如きは思ひも寄らざる所なる竊に案ずるに若しもソールズベリー侯にして果して眞實有謀の經世家なりしならんには當初反對派が政府に對して斯く大膽にも戰を挑みたる其時に當り直に之に應じて開戰を告げ議塲に自黨の大多數を制するこそ幸なれ勝手次第に討論終結の動議を提出し反對派の空論を止めて事の澁滯を防ぎ着着法律を議定して專ら政權の不平均を匡正すると共に下院の大權を確定し無責任の政治家をして議塲を擾亂せしめざることを務めて以て革命の門を塞ぐことを得たらんに惜ひ哉侯は才力衆に優れたる人には相違なけれども斯る危急の塲合に臨み後來を熟考して之に應ずるの謀を爲し得る人に非ず侯は經世家と云はんよりは寧ろ外交家とも云ふ可き人にして政治上の大問題に就ては餘り深く思慮を費したることなきが如し侯の唯一の目的は貴族院を永く保存するに在りて此目的を達する爲めには事宜により社會黨流の説をさへ左袒するに躊躇せざる程の次第にして近來世間の民主主義に勢力を増し其議論いよいよ急激にして國家の一大局難を釀したるも畢竟右等の影響なる可し然れども英國をして現在の危機に陷らしめたるは獨り自由黨のみの罪に非ず保守黨も亦决して其責を免れざるものなり抑も英國にて議事妨碍を最初に實行したる者はロード ランドルフ チヤルチル(保守黨)にして氏は嘗て「政黨の戰爭に於ては余は唯勝利を得んことを思ふのみ世間の道徳家が何と評するとも其云ふ所に任して之を顧みず」と明に公言して世間の耳目を驚かしたることあり蓋し今日英國の政治社會に蟠まる大災厄の基本を糺せばロード ランドルフが無法にも保守黨とパーネル派との連合を謀りて以てグラツドストオンの内閣を倒したる時に釀したるものにして其際に保守黨がパーネル派の援助を受けたる報酬としてクライムス アクト(愛蘭土に施行したる戒嚴令の如き法律)を廢棄したるは此醜歴史中に最醜の事件として見る可きものなり

黨派政治に固有なる弊害は右の外に尚ほ一箇條あり即ち小黨派の次第に勢力を増して大政黨を凌ぐの風潮にして其形跡は近年の政治上の事實に徴して明に見ることを得べし今日黨派政治の行はるる國國の實况を視察するに凡そ如何なる種類の黨派にても苦しからず國家人民の禍福利害などは少しも意に留めずして專ら自家の利益のみを謀り又想像を逞ふする者は唯その團體をさへ固くすれば勢力強大なる二政黨の間に立ち二黨の權力平均を利用して恣に之を使役し遂には政府の大權をも足下に蹂躙すること甚だ難からず例へば彼の愛蘭自治黨員は下院の總投票數六百六十の中僅かに八十を有する者なれども黨員固く相結んで一體の運動をなし巧に自由保守兩黨の間に往來して之を制御するが故に彼輩の主張する所の自治案の如き英國の爲めには非常に恐る可き影響を及ぼすの議案たること明にして且下院の議員中に自治黨をも算入して之を賛成するものは僅に六分の一にも足らざる程なるに拘はらず或は遠からずして議會を通過し實際に施行せられんとするの勢あり政黨小なりと雖も其働は則ち大なるを知る可し            (以下次號)