「黨派政治の極難」
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時事新報に掲載された「黨派政治の極難」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
以上論述するが如く今日の議會と稱するものは皆眞に政治上の問題を議するの會には非ず
して唯政黨員が惡口罵詈を逞ふする爭鬪の塲處たるに過ぎず但し世界中にて稍議會たるも
のゝ本質を具へたるは唯合衆國の上院あるのみならん歟蓋し古來政黨の効能を主唱したる
論者の中にて最も有名なる者はバルクにしてバルクは政黨を解釋して「政黨とは多數の人
が同意一致する所の格段なる主義に從ひ力を恊せて國家の利uを攝iする爲めに團結した
る集合體なり」と云へり其格段なる主義とは即ち人間社會の大問題に就て黨員たる人々が
共に信する所の説に外ならざる可けれども元來社會の大問題は皆早晩落着するものにして
其落着したる後は最早政黨を團結するの原力なければ其時こそ即ち眞正なる政黨の消失す
る日なる可し政黨を辨護する者の言に人は皆生れながらに改進と保守と二主義の中孰れに
か屬するものなりとの説あれども畢竟するに是れは政治家の空想に過ぎずして斯の如く一
刀兩斷して人類を二黨に分割するは决して實際に行はる可きことに非ず何となれば人の性
質には極めて急進なるものより極めて頑固なるものに至るまで其間に無數の階級あり又一
人にして或る問題に付ては守舊主義を取り或る問題に付ては改進主義を取るものさへ少か
らず其紛雜極りなくして孰れを改進に編入し孰れを保守に編入す可きや之を定むること能
はざればなり左ればとて人爲の方法を以て強ひて社會の人を二派に分ち互に相戰はしめて
以て黨派政治の實を行はしむることゝせんか之を二派に分つの標準は何に由て定む可きや
又二個の政黨果して國の爲めに必要なりとせば何故に其兩政黨が各々互に相手の政黨を仇
敵視して之を撲滅することを務めざる可らざるや斯く細密に吟味するときは政黨の効能は
果して何れに在りや之を見出すこと甚だ難きを覺ゆ可し盖し國に非常の大問題ありて人民
の意見凡そ二種に分れたるときは兎も角も、左もなき時には政黨は唯利慾を目的とする爲
めに集りたる政客の團體に過ぎずして早晩國の滅亡を來すの原因たる可きなり
政黨機關の國の爲めに害ありて利なきこと斯の如くなれども去りとて今之を廢止したらば
其代りに如何なる方法を用て代議政治を實際に行ふことを得可きや是れ重大なる一問題な
り黨派機關の力を借らず別に人民箇々の投票を指揮して少數の候補者に集め以て差支なく
代議士を撰擧せしむるの方法ありや否や蓋し撰擧人が自から相結んで一人若しくは二三人
に投票し以て衆望の在る所を表すが如きは决して實際に出來得べきことに非ず何となれば
都て撰擧人は互に他の撰擧人の身に就ては何事をも知らず隨て又互に相談し若しくは往來
交通するの機會を得ざるが故に相團結して一定の運動をなすは到底能はざる所なればなり
理論上より云へば數多の撰擧人が相集り其中より最良の人物を撰んで代議士となす筈なれ
ども實際には决して斯の如きことなく撰擧人の投票する前に其投票を受く可き人は既に定
まり居りて投票者は唯黨派機關の指揮に從て之に投票するのみ斯る仕組なればこそ何萬人
の撰擧者が一時に投票するも左まで混雜を生ぜざることなれ若しも政黨機關の干渉なかり
せば撰擧なるものは到底實際に行はる可らざること明なり黨派の機關を除き去れば撰擧人
は恰も粘着の力なき砂粒に異ならず何に依て以て互に團結して一致の運動をなすことを得
んや政黨以外に獨立する無所属の撰擧人が候補者を指名し若しくは之を撰擧する能はざる
は畢竟するに黨派機關を使用せざるが爲めに外ならず左れば政黨機關の力を借るに非ざれ
ば撰擧政治は實際に行ふ可らざるものと言ふも過言にあらざる可し故に今日何れの立憲國
に於ても實際に代議士を撰擧するものは人民に非ずして候補者を指名する所の黨派機關な
り換言すれば即ち政治を專業として生活する少數の政技者なりと知る可し(以下次號)