「差向の政略如何」
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時事新報に掲載された「差向の政略如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
差向の政略如何
官民の軋轢は近來益々甚だしく過般總撰擧の際などには正に爭の頂上に達したる歟と思は
るゝ程なりしかば今年第三回の議會も或は前度の例に傚ふて飽〈旧〉くまでも政府に抵抗
し遂に又々解散に遭ふこともあらん歟と竊に掛念せし者もありしが幸にして其れ程までに
も至らずして不充分ながらも豫期の日數を經過して平穩に閉會を告げたるは先づ先づ目出
度き次第にして我輩の世人と共に悦ぶ所なり然れども毎度時事新報にも論ずる如く我國に
於ける官民の軋轢は今日偶然の出來事に非ず數年前より次第に釀成して以て今の事態に立
至りたるものにして其間には深き由來因縁の存することなれば假令ひ今回の議會は幸に解
散に至らずして局を結びたりとは云へ民黨の政客が政府に反對するの决心は容易に動かす
可らず次回の會期に至らば又々議塲は政府攻撃〈旧〉の議論を以て喧しきことなる可し思
ふに今日政府反對者の身となりて單に政府を攻撃〈旧〉するの目的を以て只管施政の過誤
失體を索めたらんには政府の一擧一動大概〈旧〉皆攻撃〈旧〉の材料たる可きが故に衆院
に民黨の代議士あらん限は開會の度毎に必ず何か面倒なる難問題を持出し例の如く當路者
の心を苦しむるならんと想像して相違なかる可し左れば政府に於ては今回の議會が辛ふじ
て平穩に局を結びたりとて决して油斷す可らざるのみか今より更に策を定めて向後議會に
對するの用意こそ肝要なれ元來明治政府の弊習は兎角に部内の團結確かならずして隨て外
に對するの方針も亦一定するを得ず衆院が政府を敵として只管之を苦しめ煩はすことに
汲々たるは人のよく知る所なるに政府の當局者は恰も其邊に心付かざるものゝ如くにして
準備の樣子もなく毎度ながら議塲の論勢愈よ切迫して反對黨より公然决戰を挑む其時に臨
んで始めて今更の如くに驚き急に會議を開き相談を催ほし討論の最中、時としては各自の
意見を異にし對議會の策未だ定らずして閣員先づ政府を辭し去るの奇談さへなきに非ず小
田原籠城の評議中に一方の大將が假令ひ敵に降らざるも籠城は面倒なりとて城を脱したる
に異ならず寄手の民黨得意ならざらんと欲するも得べからざるなり左れば政府の爲に謀る
に當議會閉塲の其日は即ち次會の準備を講する初日なりと覺悟して豫め充分に協議を遂げ
先づ衆院に對する方針の大體を决定し事に臨んで實際の進退掛引は都て之を總理に一任す
ることに約束して苟も部内に波瀾を生ずるなきを以て專一の目的を爲す可し現内閣に於て
果して此决心あるやなきや若しも種々樣々の情實に搦まれて决し難き意味もあらば内閣を
擧げて他に讓るに若かず假令ひ民黨に讓らざるも今日と爲りては部内の老政客中にも之に
代はるに躊躇せざる者ある可ければなり何れにしても政府の團結さへ堅固ならんには外來
の攻撃〈旧〉を防ぐに左までの困難はある可らず光陰矢の如し次の會期も僅に四五ヶ月の
内に在り近日は内閣に更迭の端緒も開きたり現政府は果して責任を負ふて自から維持する
か或は决然去て他に椅子を讓るか、又或は一二の老政客を迎へて其援助を求るか我輩は更
迭の模樣を見て政略の在る所を卜せんと欲する者なり