「政海の近情.」
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時事新報に掲載された「政海の近情.」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政海の近情.
政海の近情は日々に變化するのみならず今朝聞得たる實事談は夕に至りて實ならざるを發明することあり盖し我輩が之を聞くに迂濶にして實を誤るに非ず實際の變化甚だしくして朝夕相同じからざるが故なり故に今爰に筆を下して記す所のものも忽ちにして非なることある可し其邊は豫め讀者の推諒を期して目下唯我輩が聞得たるまゝに從ひ政海の前途を想像すれば其成行甚だ茫然として歸着する所を知らざるが如し或人の説に松方總理は近來大に説を决して固く現在の地位を守ると同時に從來政府の處行中にて非なるものは之を改むるに憚からず彼の世間にてヤツキ組と唱ふる老官吏輩の擧動の如きは單に民黨を挑發して其怒を買ふに過ぎずとて痛く之を擯斥し所謂誠意誠心以て國務に當るの覺悟なれば何れ近日の中に地方官の更迭もある可く或は尚ほ高き内務省の邊にも多少の變動を見ることならん要するに總理の决心は今の民黨を以て畢生の敵と爲すものに非ず其攻撃の點にして果して政府の非に决するものは之を改むるに吝ならざれども政權維持の一義に至りては其職權を守りて寸歩も讓らず彼の黑幕の老政客との關係の如きも毫も會釋する所なく斷然その見る所を行ふの覺悟なりと云ふものあり右の一説を姑く事實と爲し政府の决心は先づ此邊に在りと見て扨て實際に其决心の通り行はるれば甚だ妙なれども更に一般の事情を察すれば中々安心ならざるもの
あるが如し此程發企したる國民協會なる一種の團體は其名目を社交倶樂部と稱するも一般の見る所にて政黨の實は免る可らず而して之を率ふるものは西郷品川の兩樞密顧問にして兩人とも辭職の上いよいよ運動を始むる筈のよしなれども聞く所に據れば此團體の企に付き現政府の閣員中には知る者もあれば知らざる者もありて全體の上より云へば双方の間に利害の關係はなきが如しと云へり扨この政黨の成行を如何と云ふに其性質は今の民黨に反對なるのみならず寧ろ反對の必要より起りたるものにて此一點に於ては政府と利害を同ふするが如くなれども内情を云へば或は今の當局者の處置に滿足する能はず假令ひ自から進んで事に當らんとするの俗情なきも陰に陽に政府の方針を左右せしめんと欲するの意味なきに非ざる可ければ運動の實際は一々政府の向ふ所に伴ふことを得ざるのみか時としては反對の擧動なしとも云ふ可らず今日に於ては此團體が其目的の通りに成立するや否やも未だ知る可らずと雖も愈よ成立して政治上に勢力を占むる上は自から一種の政黨として自由自在に働を逞ふするものにこそあらんなれば政府の爲めに利する所は極めて少なからざるを得ず而して更に尚ほ掛念す可きは黑幕老政客の擧動なり近來は其人々の政府部内に於ける勢力も舊の如くならざるか或は他に不如意の事情にてもあるか殊更に閑散を粧ふて江湖の漫遊を事とするものさへある其處に現政府當局者の决心いよいよ前説の如くにしていよいよ黑幕との縁を絶つにも至れば其人々は益々閑却して英雄髀肉の嘆なきを得ざる可し黑幕の老政客にして全く政治上の念を絶ちたりとあれば夫までなれども其人々の年來の經歴と云ひ叉今日の地位と云ひ未だ髀肉の生ずるを許さゞるの事情もある可きが故に今後の風雲は如何なる變態を見るやも知る可らず是れ亦等閑視す可らざる所のものなり思ふに今の當局者なり國民協會の發企人なり叉黑幕の老政客なり何れも其源を同ふして等しく明治政府の流を酌むものなれども今日の如く互に利害を異にして岐路に流るゝ其成行に一任するときは遂には相互に衝突して大破裂を致すやも知る可らず而して其結果は意外にも其流の人々の反對なる民黨の利となりて或は朝野聯立の内閣を見るに至るやも亦知る可らず我輩は今の政海の事情を想像して其何れに歸着するやを知るに苦しむものなり