「 身躬から議會の難局に當る可し 」
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時事新報に掲載された「 身躬から議會の難局に當る可し 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
身躬から議會の難局に當る可し
在朝の政客は恩賜の族爵を辭す可しとは我輩の屢ば勸告したる處にして右は其人々が身に有する爵位の高きが爲めに自から社會羨望の焦點と爲り徒に世間の物論を買ふに過ぎざれば實際の地位名望には關係なくして寧ろ虚榮虚飾とも云ふ可き俗界の邊幅を去り自由に身を處するこそ得策なれとて專ら其一身の爲めに立言したるものなれども一身の利害談は別として今の政治社會一般の有樣に就て見るも我輩は辭爵の愈よ必要なるを認むるものなり國會議塲の論勢とかく騷々しくして事の理非に頓着なく只管反對を試むるは今の當局者の苦しむ所にして我輩も聊か感を同するものなれども抑も其論勢が斯くも粗暴に渉りて調の低きは畢竟議塲に列する議員に壯年血氣の論客多く輕卒に考へて輕卒に發言するが爲めに外ならざれば今その論勢を穩にして調を高めんとするには名望經驗に富める政客の流が自から身を議塲に投じて隱然塲内の衆望を收め以て全般の論勢を緩和するの外に手段ある可らず而して今の政府部内には名望經驗ともに適當の人物少なからざれば其人々が自から進んで議塲に席を占め假令ひ發言の衝に當りて議論を闘はしめざるも可なり議塲に黙員と爲りて三年言はざるも可なり唯其身の重を以て自然に塲内の中心と爲りて間接直接に政界の全面を高尚着實に導き立憲政體の入門に大利益ある可きは勢の睹易き所なるに不幸なるは其身既に華族に列したるが爲めに衆員たるの資格を失ひ恰も議政の大權を擧げて在野の後進生に授けたるの姿に爲りたるこそ遺憾なれ其結果として今日の實際を見れば當局者は至遠至深の邊に身を置て對議會の政策も毎度圖を誤り抑へんとすれば益益揚り左せしめんとすれば却て右し俗に云ふ二階から目薬の喩に等しく百事不如意の中に議會の論勢をしてますます粗暴輕卒ならしめ之を制するの道なきに苦しむが如き之を傍觀しても氣の毒に堪へず况んや當局の身に於てをや其感ずる所の更に深くして思ふ所の更に切なるは之を人情に訴へて容易に推察す可き所なれば此事情に切迫しては最早や猶豫す可きに非ず今より斷然族爵を辭して青天白日身を以て直に議會の難局に當るの覺悟なかる可らず斯くありてこそ明治維新の功臣等も其終始を全ふする者と云ふ可し或は族爵は帝室よりの恩賜にして之を辭すること容易ならずとの説もあらんなれども是れは决して掛念の限りに非ず若しも今の族爵の制を廢するか又は一切の新華族を止めんとの説なれば其關係する所頗る廣きが故に容易に决す可きに非ずと雖も唯有志の人々が今の政治上に見る所ありて國家の爲にせんとの微衷より族爵を辭するは何れより見るも至當の進退にして其人々の决心次第にて許可を得ざるの理由はある可らず我輩は昨今の時勢の必要より其决心の一日も早からんことを希望するものなり聞く所に據れば西郷品川兩樞密顧問の辭職は彼の國民協會に入り其首領として大に政海に運動するが爲めなりと云ふ其决心は甚だ佳なれども世間にては既に一種の政黨と目する所の其協會に入りて之が首領たらんとする以上尚ほ一歩を進めて族爵をも脱却し國會の議塲に出でゝ其率ゆる所の黨派を指揮するの必要あること勿論なれば幸ひ之を好機會にして兩氏自から辭爵者の卒先と爲り其先例を作らんこと我輩の序ながら兩氏に希望する所なり