「黑幕會議の結末.」
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時事新報に掲載された「黑幕會議の結末.」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
黑幕會議の結末.
人の説に過日來政界に評判したる例の黑幕會議も案外に手輕く相濟み現内閣は此際大に奮發して萬般の政務を斷行し目下空位の内閣員を人撰し、條約改正の必要の爲めに法典を實行し、官吏登用法を改めて後進生出身の道を開き、遂には地價脩正の説をも容れて議會の所望を滿足せしめんとするまでの意氣込なるに部外の老政客には左までの異存なくして先づ以て其意に任せ飄然去て復た政府を顧みざる樣子なれば自今以後松方内閣は全く黑幕との關係を斷絶して獨立有力の政府と爲り進退自由自在にして其運命萬々歳なる可し殊に目下の政局難しと云ふも唯議會に對して少しく面倒あるのみ是れとても能く能く議會の情實を探りて其眞意の在る所を聞取り讓る可きを讓り採る可きを採り之を友とし接して共に國事を謀るときは其恊賛を得ること必ずしも難きに非ず從前の事實に徴するに政府の爲めに恐る可きは前門の議會ならで後門の黑幕にこそありしに今や後門の關係は既に斷絶したり養子も始めて若隠居の手を離れて別居の特典を得たるが如し今後着々家政の新面目を開て世間を驚かすことある可しと云ふものあり
黑幕會議解散の事跡に照らして之を窺へば如何にも前説の通りにて當るが如しと雖も爰に不審なるは黑幕の老政客が解散後毫も失望の色なくして平氣なるの一事なり今度會議の一條は眞實正味の秘密にして苟も會議者以外に會議の實を知る者なし故に我輩は唯その會議者の顔色を見て事を卜するのみ頗る迂濶の談なれども姑く賣卜者を學んで之を占はんに現内閣がいよいよ部外の老政客を謝絶して獨立獨歩の政略を施し一方に對議會の策を巧にして治安を維持しながら兩三年を經過するの塲合には老政客は眞實の證文出し後れのみか遂には政藉の萬年帳に上りて生涯出身の道はある可らず老客老したりと雖も其氣力は老ひてますます盛にして明治政府の方針如何に就ては身を殺しても之を爭ふに躊躇せざる者なるに前説に從へば飄然去て政府を顧みずと云ふ、瓢瓠大なるに非ず天下小なるに非ず身外の物總て煩を爲すとは往古の隱士許由を詠じたる句なれども我輩は何分にも今の黑幕を目するに許由を以てするを得ず然るに實際は政府を棄ること隱士が瓢箪を棄てたると同様にして然かも之を棄てゝ平氣なりとはますます疑なきを得ざるなり依て其平氣の點を押へて判斷するに老客は决して政府を棄てたるに非ず假令ひ表面の關係は斷絶するも其斷絶の間に無限の意味を含み既に其入閣の時節を期すること四月の春風に花期必ず到るが如くなるか、然らざれば花期に拘はらず開かんと欲すれば何時にても開いて見せると自から確に恃む所あるか、二者その一に居らざるを得ず蓋し明治政府に維新強藩の功臣あらん限り、其生命の絶えざる限り、其氣力の衰へざる限りは政權を棄てゝ他に授るものに非ず時として内部に相爭ふて相容れざるが如き痕跡なきに非ざれども恰も夫婦の喧嘩、一時の風波たるに過ぎず萬一の時に臨めば互に釋然洗ふが如くなるの常なれば黑幕必ず現政府を害せず政府亦黑幕を疎外せず意外の邊に情相通ずることある可し近來政界に民論の盛なるに就ては其餘勢漸く政府部内に影響して多少の變動を催ほし遂には内に互に衝突して破裂することもあらんとて竊に憂る者あれば叉竊に喜ぶ者もあり事態甚だ切迫するが如くなれども我輩の見る所を以てするに民論の盛にして急劇なるは却て政府部内の一致を固くするの媒介にして幸に墻に鬩ぐの愚痴を止むるに足る可し今回黑幕會議の案外に穩なりしも或は此邊の事情には非ずやと漫に臆測を逞ふするものなり