「北海道の漫遊.」
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時事新報に掲載された「北海道の漫遊.」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
北海道の漫遊.
我輩は前號の紙上に避暑旅行の閑を得て金に差支なき人々は近くは支那、朝鮮、浦鹽斯徳より遠くは米國邊の遠遊を試みては如何との旨を記したれども實際に考ふれば假令ひ其費用と時日とは内地の旅行に比して格別の相違なしとするも生來遠遊に慣れざる身に海外の旅行と聞ては坐上に種々の想像を畫き言語も不通なれば氣侯も異なり船中の長旅は難義にして好き同伴も見當らず家族の者の心配も如何あらんなど兎角乙甲に思ふの情ある可し無理ならぬことにして卒急の思立は中々容易ならざる可きが故に其實行は篤と勘考の上として之を來夏の談に譲り我輩は更に一般の人々に向て北海道の漫遊を勸むるものなり北海道と内地との交通は東北鐵道の開通以來一層の便利を增し東京上野より通し汽車にて青森に到り津輕海峽を越えて凾館より定期船に搭じ小樽に上陸して炭礦鐵道の汽車に乘れば札幌に達するに二晝夜を費すに過ぎず斯くて炭礦線路の通ずる限り處々方々を遊覧して道中の要所を見盡し前の順路に由りて歸京すれば往復滯在ともに一週間にて充分なりと云ふ右は頗る切り詰めたる算當なれども現に實驗したる者の實談なれば相違ある可らず往復の便利なるは内地に於ける鐵道不通の塲所と同日の談に非ざる其上に旅店その他の設け等も毫も不自由なきのみならず凾館札幌の如きは却て内地人の耳目を驚すに足るの結構偉觀も少なからず且その氣候の相違あるは世人の知る所なれば夏期の旅行には最も適當の地にして或は好奇の心に富み多少の時日を愛しまざるものには道内未開の地に入り土人の風俗を探るなどの餘興もある可し殊に幸ひなるは同道廰の發企にて來る八月一日より北海道勸業共進會を札幌に開き同道一切の物産を蒐集して一は農産漁業製造等の進歩を奬勵し一は近年來同道に於ける各事業進歩の有様を世人に示さんとの趣向にて成る可く内地人の來觀をも望むとのことなれば漫遊者の爲めには此上もなき好機會にして序ながら一見して案外に利する所もある可し若しも内地の人々にして此勸めに應じ漫遊を企づるもの多きに至らんか東道の主人たる同道の當局者に於ても自から待遇の設けなきを得ず即ち汽船會社鐵道會社と特約して共通會遊覽の客人に限り賃錢を割引せしめ來遊者の便利を謀るが如きは待客の法として隨分行はる可きことなり元來共進會の催しは同道の事業奬勵の爲めとは云ひながら其進歩の有樣を一般の内地人に示すも目的の一に相違なければ一人にても來客の多からんことこそ當局者の望む所なる可ければなり叉近來北海道には製糖會社の不始末あり炭礦鐵道會社の事件もありて同道の事とあれば何か一種の情實ありて一般に不整理なるが如くに云ふものもなきに比ずと雖も開拓使の廢止以來既に十數年を經て長官の更迭も一再のみならず施政上及び事業上の事に就ても次第に改良整理の功を見たるのみならず近來に至りては中央政府よりの監督も行届きて一點の情實を許さゞるは一般の内地と異なる所なければ同道に限りて特に不整理不始末の廉多しとは我輩の信ずること能はざる所なれども流言一出して世評の紛々たるは自から其故なきに非ざるが如し盖し從來内地人の北海道を見るは恰も他國と同様、足その地を踏まず目その實を見ずして其耳にする所は多くは開拓使時代の歴史談に過ぎず故に北海道の事とあれば忽ち其歴史談より想像して判斷を下すの常なれば往々事實を誤ること少なからず即ち世人の想像する北海道は開拓使時代の北海道にして今年今日の北海道に非ざればなり左れば不整理云々の事實如何は姑く別問題として兎に角に世人が北海道に對する知見は其程度頗る幼稚にして動もすれば判斷を誤ることなきに非ず同道の爲めに謀りて大なる不利なれば今回の共進會の如き之を好機會として内地より暑中の來遊を導き序ながら北海の眞面目を示すの工風あらんこと竊に冀望する所なり