「政府新聞の成行.」
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時事新報に掲載された「政府新聞の成行.」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政府新聞の成行.
兼てより政府の或る筋に縁故ありと聞えたる東京新報は去る十七日より不意に廢刊し尚ほ其他新報類似の新聞紙中にも或は日ならずして同樣の運命を見るものもある可しと云へり近來までは自から盛大なりと吹聽したる新報が遽かの廢刊とは頗る奇なるが如くなれども竊に裡面の内情を聞くに右等の新聞紙は聲言の大なるに似ず實際發刊の紙數は甚だ多からず商賣營業としては迚も立ち行く筈のものに非ざれども其處が即ち御用新聞獨特の妙處にして所得外の所得頗る少なからず其筋にて此種の新聞保護の爲めに内々費す所の金額は毎月凡そ幾千圓なりと云へば其出處に依頼して一時勢を張りたるものが今回官邊の更迭に由り或は内情の變化を生じたるが爲めに廢刊したるには非ざるかと一塲の想像も亦自から空ならざるが如し叉聞く所に據れば從來政府新聞の數は少なからざれども各々その所屬を異にして同じ政府の中にても甲大臣に縁故の厚きものもあれば乙大臣に隷屬するものもあり叉は遙に黑幕老政治家の血統を引くものもあるなど兎角統一を欠で其所論一ならざるのみか時としては仲間の間に論端を開き喧しく爭ふなどの事もありて政府の政略上に不利少なからず斯くては金を費すのみにて效能薄ければとて從來のものを取纏めて一に合し大に金力を注ぎて一大新聞を造り眞實政府の機關たる働を爲さしめんとの計畫もありと云ふ是れ亦例の風説にして取留めたることはなけれども若しも實際に然らんには我輩は政府の爲めに今より其非計たるを斷言するものなり抑も新聞紙の計畫に付き第一の要件は賣るゝや否やの一事にして發刊の上その賣行思はしからざるときは實際に何の功能もなかる可し如何となれば之を讀むもの少なければ其記事論説に感服するものも少なければなり從來政府に縁故ある新聞紙を見るに御用新聞と云へば兎角世間に嫌はれて讀者も少なき所より獨立不偏正議讜論などゝ自から吹聽するも尚ほ足らずして時としては態と政府に反對の論鋒を差向け妨げなき限りに攻撃を逞ふして頻りに其跡を掩はんとすれども事實は事實にして如何ともす可らず追ひ追ひ世間に嗅付けられて其正體を現はすと同時に讀者も次第に减じて墓なき最後を遂げたるの例さへ少なからざれば折角一大新聞を打立たる處にて始めより賣れぬとあれば詰り無益の計畫なる可し或は止むを得ざれば其豊なる保護の力を頼み會計上の損得に頓着せずして價を廉にし恰も金力を以て他の新聞紙を壓倒するの趣向は妙案なるが如くなれども我輩の所見にては此趣向も矢張り無駄なりと斷定せざるを得ず從來の有様にては左なきだに御用新聞と云へば他の攻撃を免れずして常に其防戰に忙はしきの例なるに今や自から政府の機關なりと名乘る一大新聞が現出して然かも其裡面には出處暗き錢の力を以て厚顔にも同業者征伐の隠謀を抱くとあれば夫こそ一大騷動にして世間の新聞紙は其主義持論の如何に拘はらず恰も連合一致して此普通の公敵に向ひあらゆる手段を盡しあらゆる筆鋒を極めて四方八方より一時に攻掛ることならん正當防禦の止むを得ざるものなればなり其攻撃の論鋒が單に機關新聞紙の上にのみ止まらずして政府の政略上にも及び之が爲めに大に全國の人心を動して益々政府の不人望を重ぬるに至る其間接の影響は姑く擱き差當り十重二十重の圍中に陷りながら其攻撃の衝に當りて巧に之を切抜け反對者を壓倒して同業征伐の目的を達するの勇者ある可きや否やと云ふに今の保護に衣食する新聞記者中に斯る腕前のものある可しとは我輩の保證すること能はざる所なり或は不思議にも膽力筆力共に絶倫の記者を得たりとして扨その上の成行は如何なる可きや一人の力を以て世間幾多の同業者を壓倒し天下に横行濶歩する程の人物ならんには决して今の政府に隷屬して永く鼻息を窺ふ可きに非ず最初の間こそ其保護を辱ふして只管忠勤を勵むことならんなれども一朝目的を達して羽翼既に成るときは亦籠中の物に非ず獨立を宣言するなり叉は反對を試るなり一身の勝手にして政府の自由にならざる其有様は猶ほ今の國民協會の性質を一變したるものと同様にして政府の爲めには恰も新聞と名づくる第二の變性國民協會を造くるに異ならず得策と云ふ可きか不得策と云ふ可きか其利害得策は一考して自から明了なる可し左れば政府新聞の計畫は敢て其事の不可なるに非ざれども記者その人を得ざれば勞して功なく幸にして其人を得れば後の患少なからず何れにしても政府の利に非ざるを如何せん畢竟機關新聞利用策の如きは今の政府の柄に合はぬ仕事なれば先づ思ひ止まりたる方、然る可しと我輩の敢て忠告する所なり