「政爭の品位漸く低し.」
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時事新報に掲載された「政爭の品位漸く低し.」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政爭の品位漸く低し.
民黨の目的は自から取て政府に代らんとするに在りとすれば其手段として粗暴過激に出るは不可なり行儀正しく理義を守りて一たび敗るれば再び唱へ再び敗るれば三たび唱へ唯政府の反省を促すことを務めたらば政府は如何に執拗にして且つ實力に富むと雖も遂に最後の爭を譲るに至る可しとは我輩が前號にも證論したる所なり民黨の情としては或は迂遠の思ひに堪へざることならん歟なれども政府とても决して左程に持久力あるに非ず其内情を窺へば乘ずべき釁隙の一にして足らざるが故に兎角する間に政府も自ら省み叉民黨の評判は漸く世間に高くして漸く信用を得るに至ることある可し然るを之に反して行儀を崩し無理難題を提げて狂奔するとは彼我の勢を忘れ成敗の理を解せざるの甚だしきものにして洵に惜むに餘りあれども是れは獨り民黨の尤ならず一方の政府とても亦同じく此病を免れざるものゝ如し大政府に威信の一義大切なりとは當局者の常に口にする所なれども其威信を保つの法は果して人をして好意を表せしむるに足る可きやと云ふに我輩は容易に然りと云ふこと能はず殊に過般國會解散の頃より以來は隨分驚く可き奮發にして之を喩へば民黨は腕を扼して來る、政府も向鉢巻にて立合はざる可らずと云ふの趣を呈し威信を保つの行儀などは殆んど度外に差惜きたるの姿となりて爲めに解散以前に在ては民黨の所爲を非難して稍々政府に傾きたる人々も解散以後に至ては五分々々と認め喧嘩兩成敗なりとて窃に冷笑する者もなきに非ず今試に政府方の所謂御用新聞と民黨の機關新聞とを把て一讀するに其議論文章ともに亂暴狼藉を極め或は虚説を捏造して中傷離間を試み或は市井の無頼に倣ふて罵詈讒謗至り盡さゞるなく而して其調子烈しければ烈しき程ますます忠義と稱せられ有力と認めらるゝと云ふ沙汰の限りにこそあれ我輩は曾て繪入小新聞中猥褻鄙陋の文字を遠慮なく書列ね、家族團欒の間は勿論士君子の席上に於て音讀を憚る程の汚醜を見て甚だ悦ばず世教維持の爲めには何とか制裁の方法なかる可らずとて立言したることもありしが今や大新聞と云へる政治の機關新聞紙も類こそ替れ品位下等にして御座に出されぬ一點は彷彿として小新聞と擇む所なし回顧すれば我國に未だ新聞紙條例の發布なかりし其時には新聞雜誌の年尚ほ若くして筆鋒頗る詭激なるものありしが今にして之を彼の機關新聞に比較すれば其品格遙に上流に位するが如し文明日進の今日社會の事物漸く粗野を脱して高尚優美を催ほす可き時節に當り獨り新聞記事の逆流して却て其句調を低くするとは遺憾に堪へず畢竟するに其記事論説は間接直接に政事家の心事を寫し來るものにして民黨と云はず政府と云はず政事の品位を下落せしめたるの責は双方に於て免かる可らず國民に政治の思想なかる可らずとは政論者の常言なれども粗暴詭激の思想などは寧ろ初めより是れなきに若かずと我輩は敢て斷言するものなり
新聞紙の事は僅に其一班を示したる迄なれども抑も政爭の品位の下落したる所以は一は生存競爭の急なるにより唯衣食を是れ追ふて政界に奔馳する者の多きと叉一は氣鋭の輩が青雲の志を達するに切にして俗に云ふ八方當りの運動を試み毀誉褒貶を問はざるの勢を催ほしたるが故にして苟も衣食を得るの方便、叉立身の手掛りとあれば事として爲さゞるなきの有様なれば之を利用する者あるも亦自然の勢にして甚だしきは壯士の暴行を利して自から爲めにするの極端にまで至り吾れに决死の士幾人ありとて由て以て政界に重きを成すが如き其爭の君子ならざるを見るに足る可し滔々たる天下の事態率ね此の如し遂に何れの邊に歸着すべきやは苟も心ある者の共に窃に眉を顰むる所にして時勢の流潮驚くの外なしと雖も品位の下等なるものは遂に政界に友を失ふこと我輩の前言したる通りなれば民黨にても政府にても深く自から省みて行儀を正し識者良民の批判を俟て長久の勝を制せんこと我輩の敢て勸告する所なり