「内閣策」
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時事新報に掲載された「内閣策」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
内閣策
此回の政局の紛擾は實に其極に達せりと云ふ可し松方總理はいよいよ固辞して斷然政府を去るに付き二三の老政客が黒幕を拂ひ多少の更迭ありて爰に新内閣を見る可しとの事なれども元來政府が斯る難局に陥りたる所以を尋ぬれば多年民間に不人望を醸したる其結果として議會の抵抗常に甚だしく又情實の因縁斷つ可らざるよりして閣員等が相互に他の全盛得意を許さず爲めに政府の方針一なるを得ざりしが故にして恰も議會に對する方策論の起るを機會に部内の不和も亦持上り或は硬と云ひ軟と云ひ或は黒と云ひ白と云ひ波瀾の動搖を來たすことなれば何は扨置き先づ第一に内閣を一致せしめて其方針を決定するに非ざれば假令ひ老政客の出るにもせよ決して良績を期す可らず左ればこそ從來に於ても總理の任は政治家の屬望する所にてありながら亦自から忌避する所となり現に松方伯が就職の時の如きも無理に勸誘付託して強ひられたる程の次第にして今や不幸辭退の止むを得ざることゝなりしが向後とても大根本に改造を加ふるに非ざれば内閣は又もや同一の運命に遭ふことなきを期す可らず今の後を承けんとする老政客の胸中には自から成算もあることならんなれ共我輩も聊かこゝに一言して其參考に供せんと欲するは外ならず抑も政府部内に於ける硬軟黒白云々の爭の如きは我輩の更に頓着する所に非ざれども國會の開閉、内閣の動搖、或は解散或は辭職等三百六十五日常に政治部面のみ多事にして殆んど間斷あることなく啻に行政事務の停滞するのみならず人民も亦これに心目を奪はれて茫然日を空ふするが如き國家の不利これより大なるはある可らず人民は適する所を知らずして方向に迷ひ政府は起伏常なき失體を演じて威信を失ひ内外の事情見るに忍びざるよりして遂に一部分の論者中には速に責任内閣の實を斷然するに若かずとまで主張する者もあるよしなれども民黨政府は實際に於て前途〓たり猶ほ幾年は現政府一流の掌握する所なる可ければ唯その間は際限もなく年々歳々議會と共に内閣も粉擾を以て始終するの外なしとありては政界の前途殆んど望なしと云ふも可なり然り而して其弊根の所在を問へば唯内閣の一致せず方針の一決せざるに在りと云ふ是れ我輩が特に今後の當局者に向て其成算を聞かんと欲する由縁なり從來の筆法を以て見れば其議會に對するの方針たるや往々智巧の小策を講じて民心全體の向背如何を問はず其内閣の一致を畫するや動もすれば姑息調停の慣手段を事として更に大に襟度を開くの沙汰を聞かず故に其言にも政府の維持云々とのみにて經略經綸等を云はず苟くも維持の爲めに彌縫するの外また他念なきの有樣なれば其心勞は左こそならんと雖も之を要するに政策の結果非なるものなれば善後の任に當る者は前者の非を鑑みて大に改むる所なかる可らず我輩の呉々も冀望する所なり葢し是迄の當局者とても自から其非を知らざるに非ず或は之を知りて之を改るの計畫もありしことならんと雖も時利ならずして事行はれず遂に今日に及びたるものならん其遺憾は今更詮方なけれども次で出るは黒幕の老政客なれば俗に謂ふ岡目八目老政客が今まで傍觀したる間に於て或は弊根を發明したることもある可し又再出の老政客に非ずして殘る閣員とても此回の政變に際し省慮したること淺からざる可ければ内閣策に付ては曾て至難と認めたる事も案外容易に決斷せずとも云ひ難し我輩は次に少しく述る所ある可し