「國民恊會の始末は如何」
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時事新報に掲載された「國民恊會の始末は如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
國民恊會の始末は如何
伊藤總理大臣は就任匆々にして未だ施政上の主義を明言せざるが故に新内閣の方針は得て知る可らずと雖も其平生の言論より察するときは所謂超然主義を取るものと見て實際に大差なかる可きか如何となれば伯が憲法發布の後折に觸れ事に觸れ政治の談には毎度政府と政黨との關係を説て超然の意味を云々したること我輩の耳にしたる所にても再三のみならず世人の明に認むる所にして今回は恰も其言論を實にするの機會に遭ひたるものなればなり故に新内閣の方針は超然主義にして世間の政黨には一切無關係のものとして扨我輩の見る所にて一の困難事と思はるゝは彼の國民恊會の處分なるが如し恊會は自から恊會、政府自から政府にして本來無關係のものなれば政府に於て處分の必要なしと云へば夫までの事なれども熟ら熟ら事の樣を案ずるに恊會發企の事情と云ひ實際の成行と云ひ表面は兎も角も微妙の間に一種の關係あるは自から掩ふ可らず今回内閣の危機に際して恊會の人々が裡面に於ける奔走盡力は一方ならずして之が爲めに幾分か政府の地位を動かしたるの形跡もありと云ひ又新内閣の組織談に就ても恊會の始末は條件の一なりしと云ふが如き以て其大概を想像するに足る可し然るに新内閣の方針いよいよ超然と決定して世間に發表する塲合には恊會との關係も直に斷絶す可き筈なれども實際に於ては中々容易なる事に非ず本會が世間普通の政黨にして適ま政府に近づきて一時の情縁を結びたるものなれば雙方の都合に任せ離縁も自由にして去就に心配なかる可きなれども維新政府の眼を以て見れば會員中には絶つに絶たれぬ縁故の人もありて恰も政府と名づくる本店の出見世とも見る可きものなるが故に方針一變の爲めに遽に之を疎外するが如き素振を示したらんには圖らざる邊に行違を生じて意外の結果なしとも云ふ可らず左れば其關係を從來の儘に存せんか、新内閣の超然主義は本色を現はすを得ず斷然これを絶んか意外の困難は覺悟の前ならざるを得ず其處分の難きは傍觀者の想像して竊に心配する所なり然りと雖も更に退て一方より考ふれば我輩は新總理の方寸中自から之に處するの成算ある可きを信ぜざるを得ず今を距ること四五個月前伊藤伯は樞密院議長の職を辭せんとして許されず恩命優渥の極、遂に宸翰を辱ふして辭職を思ひ止まりたることあり當時伯の決心は辭職の上、民間に一種の政黨を組織するの計畫にして其計畫の次第は人の知らざる所なれども思ふに伯は明治政府の元老にして特に憲法の保護を以て自から任ずるものなれば民間に勢力を得て政府に反對せんなどは思ひも寄らざることなる可し左ればとて超然主義は兼ての持論なれば政黨の力を以て直接に政府を助くるも其本意に非ざる可し故に政府の外に政黨を組織して政府にも反對せず又平生の主義にも撞着せずして自から其間に處するの妙算は夙に伯の方寸に存したることならん今の國民恊會は伊藤伯の發企に非ずと雖も其發企當時の事情を顧みれば伯が政黨組織を思ひ立たる時の事情に異ならずして恊會の發企は畢竟その事情の必要に出でたるものにこそあれば會の首領たる西郷品川の兩氏は恰も伯の發意を實にしたるものと云ふも可なり政治の伎倆才略は人々に異にして西品兩氏の長所は伊伯の長所と同じからざるが故に實際の運動に至りては必ずしも發意者の意に副はざるものも多かる可しと雖も竊に我輩の所見を以てすれば其運動の如何は擱き現政府と關係の一點に於ては伊藤發意の政黨も又西郷品川着手の國民恊會も殆んど成行を同ふするものと推定せざるを得ず如何となれば維新政府の元老たるは双方共に同一にして又その麾下に屬す可き人物も自から一種の臭味のものに限りて即ち今の恊會の會員たる者も伊伯の發意に同意す可き人々に外ならずと想像すれば大體の成行は何れにしても大差なかる可ければなり前者の計畫は唯未發に思ひ止まりたるまでにして其發意者こそ即ち今の當局者なる新總理なれば政黨發意の伊藤伯も總理當局の伊藤伯も矢張り同一の伊藤伯にして其主義持論に於ては敢て變化なかる可きが故に國民恊會の處分の如きは一考を要せずして決することなきを得ず唯當日の成算を今日に適用するに過ぎざるのみ我輩は新内閣の恊會に對する處分を見て所謂超然主義の妙用を知らんと欲するものなり