「國會の責務」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「國會の責務」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國會の責務

國會は人民參政の理に基き政治の公平を保つの機關として設置せらるゝものなれば今日の文明政理上に於ては復た之に過ぎたる良制度なきが如くなれども利弊相伴ふは事物に免れざる常數にして立憲代議制度とても亦種々の過不及なき能はず就中黨派軋轢の弊害は人々の竊に寒心する所にして之に次で困却なるは行政機關の運轉を澁滞せしむるの一事なり左れば國會たるものは常に此等の諸弊に鑑みて不都合を避けんことに注意せざる可らざるは勿論また其注意の向ふ所も大局に小局に遺漏なきに非ざれば其甲斐なきものたるを覺悟せざる可らず盖し國會の弊たる其及ぶ所極めて大にして且つ一樣ならざればなり今黨爭のことは暫く擱き近く行政澁滞の點に付て之を見るに例へば此回德嶋、兵庫、岡山等の諸縣に於ける水害の處分を如何す可きや之を國庫の豫備金より補助するは順序なれども豫備金は五十萬圓の内既に三十餘萬圓を消費し殘るは僅に十五六萬圓にして到底足る可きに非ず或は臨時に國會を召集せんか召集には四十日間も手間取ることにして夫れより議決を經て實行する迄には又更に幾多の時日を費すべく彼是する内に九、十月の交に至れば暴雨大風の季節となりて災害に災害を重ぬるやも知る可らず况んや是式の事に臨時召集などゝは鄭重に過るの譏を免かれざるに於てをや然らば彼の震災救助の例に傚ひ緊急勅令を以て剰餘金より支出せんか震災事件にてすらも猶ほ議論を免れざる次第なるに毎年珍しからぬ水害に向て緊急勅令を發するが如きは啻に憲法の精神に戻る可きのみならず豫備金よりの支出と緊急勅令によるの支出とは益々混同して區別なきに至る可ければ何れ政府の方略は來期の通常議會を俟て處分を決するの外なかる可し進退共に都合の宜しからざることにして此の如く行政の不自由なるは必竟國會なるものありて其權利を嚴守するが故にして誠に是非なき次第にこそあれ世には之が爲めに憲法を云々する者もあれども其完不完は言ふ可き限りに非ず又或る一派の如きは是れぞ豫備金の少額なるが故なり本年度の豫算は不成立に付き前年度によりたるものにして其前年度の豫算は第一議會に於て豫備金二百萬圓即ち第一、第二豫備金おのおの百萬圓宛と定めたりしに悶着の末、これを半減して以て六百五十萬圓削減の虚稱を買ひたるものなるが故に扨こそ今日の不都合を醸したるなれとて頻に既往を咎むる者あり自から是れ一説にして第二豫備金五十萬圓とは實際に於て少額なるに相違なからん若し國會が行政の便利を圖り此等の臨時支出に差支なからしめんと欲せば豫備金の如き濫に節約す可きに非ず換言すれは豫備金をば寧ろ裕かに見積るは國會が行政を澁滞せしむるの弊を避くる一端にして曩に廿四年度豫算討議の際、豫備金を削減したるは實に過失たるを免れざる可しと雖も更に歩を進めて考ふるときは夫の治水の業を忽せにするこそ最も弊の大なる者には非ざる歟と我輩をして聊か遺憾を覺へしむる者なり豫備金を增の一義は素より可なりと雖も左ればとて又漫に多額を備へおくべきに非ず然るに一方に於て治水の業擧らざるときは水害は殆んど涯りなくして其都度不都合を歎せざるを得ず素より災害救助金と治水業とは別々の問題に屬すと雖も今國會の責務上より視るときは行政部をして此種の澁滞なからしめんが爲め水害の如き臨時不意の事件には特別の注意を加へ尋常の問題と同一視せざらんこと固より大切なると同時に斯る不意の災害を未然に豫防するが爲めに治水業の如き尋常の問題を重んじて錢を愛しまざるは更に大切なることなり

右は近事に付て聊か所感を述べたる迄なれども國會あるが爲めに今年行ふ可きことをも明年に延期せざる可らざる等行政に及ぼすの不都合少なからざることなれば國會に第一の注意は利を興し功を擧るよりは其固有の弊害を避くるこそ能く責務を知るものと云ふ可し若し夫の黨爭の弊に至ては重ねて機に觸れ論ずる所ある可し