「遊獵塲の設置は如何」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「遊獵塲の設置は如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

遊獵塲の設置は如何

外人の内地雜居は怖るゝに足らざるのみならず直接間接に我國に利する所少なからずとの旨は我輩の毎度述べたる所にして一般の讀者に於ても異議なきことならん而して内地雜居は條約改正の上に非ざれば其實を見ること能はざれども目下の景况を以てすれば其改正も決して遠からざる可しと思はるゝ其上に近來外人の日本に來遊するものは年々多きを加へて今後ますます增加するの模樣なれば我國人は出來得る丈の便利を與へて其來遊を促すと同時に今日より豫め計畫して内地雜居後の用意を爲すも太早計に非ざる可し來遊者の便利の爲めには旅店を始めとして汽車汽船馬車人力車等に至るまで營業者一同申合せて一定の規約を定め外客の不案内を利して不當の賃錢を貪るが如きことを禁し日本の内地を旅行すること其自國に於けると同樣ならしめ又外客が美術工藝品を買入るゝか若しくは名所舊蹟を尋ぬるに案内者の必要あるときは其求めに應じて買物を周旋し通辨人を紹介する等の事も一個の營業として彼我の便益も少なからず既に横濱神戸には此目的を以て設立したる開誘舎なるものあれば今後ますます其仕組を擴張して誠實に勉強すること肝要なる可し尚ほ我輩の工風を以てすれば馬關神戸間の内海に遊行船を設けて外客に貸渡し又は其便乗に供して隨意に漕廻し内海の風景を縱覽せしむるの趣向は最も妙案にして當りを取ること疑なければ汽船會社などにて早く發企ありたきことなり以上は今の來遊者を目的としての計畫にて早晩着手するものもあらんなれども更に一歩を進めて考ふれば愈よ内地雜居と爲りて多數の外人が内地に入込むときの用意も今より肝要なる可しと信ずるなり思ふに内地雜居は日本社會の一大變化にして其變化の際には案外の奇利を見出すこと少なからざる可し例へば王政維新の時、江戸の市街は殆んど瓦解の姿にて八百八町の繁昌も或は元の武蔵野の原に歸せんかとて人々の危疑一方ならざるより府下の地面は全く價を失ひ現に今の高輪なる毛利邸などは無代價にて讓らんとするも之を顧みるものなき程の次第なりしに今日に至りては府下に屈指の邸地として人に羨まるゝが如き又一時廢佛論の盛なりし頃は古代の名工巨匠の手に成りし佛像佛具の如き一文半錢にも價せずして古道具屋の手に渡り空しく店頭の塵に埋もれしものが近來美術論の盛なると共に遽に價を生じて光を增したるが如き何れも社會の變化に伴ふ所の現象にして内地雜居の如き社會の大變化に際しては自から此種の現象なきを得ず我輩の想像を以てすれば其變化に就て奇利の見出す可きもの少なからざる中にも豫じめ地を相して遊獵塲を設くるが如きは自から一種の工風なる可し遊獵は西洋人の一般に好む所なれども聞く所に據れば彼國〓にては傍近の獵塲は既に狩り盡して思はしき獲物なきより態々遠方より鳥類を捕へ來りて獵塲に放たしめ之を射撃して強いて心を慰むること恰も東京にある釣堀と一般にして小銃を携へて山野を跋〓し夕に滿肩の獲物を擔ふて歸るが如き快遊は迚も望む可らざる所なりと云ふ我國にても近年來は遊獵の流行を催ほして東京近傍などにては既に獲物の乏しきを見るに至りたる由なれども少しく遠方に踏出すときは日本に固有なる山林原野は何れも天然の獵塲にして鳥獸等の種類は擧て計ふ可らず外人の兼てより垂涎する所なれば其天然の塲所を卜して遊獵塲を設け其樂を恣にせしむるとあれば必ず好嗜の心を動かして唯此一事の爲めに來遊を思ひ立つものも少なからざる可し即ち其趣向は東京を距ること遠くして鐡道線路の通ずる田舎の邊に一帯の山林原野を買入れ又は借受けて遊獵塲と爲し其域内には一切他人の狩獵を禁じて鳥獸の類を隨意に繁殖せしめ以て外客の來獵を待つ可し其費用は少なからざる可しと雖も若しも資本に乏しからざるものが一時の出勤を愛まずして數年の後を期するときは其收益は必ず非常のものなる可しと我輩の信ずる所なり外人を目的としての計畫には種々の趣向もなきに非ざれども取敢へず遊獵塲設置の工風を思ひ付たるまゝ記載して聊か世人の注意を促すのみ