「地方官の處分と法官の始末」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「地方官の處分と法官の始末」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

地方官の處分と法官の始末

新内閣は組織匆々にして未だ施政上の方針を窺ふに由なしと雖も近來の事實に現はれたる地方官の處分と法官の始末との如きは其一端として見る可きものゝ如し依て聊か此二事に就て所見を述べんに此程五六の府縣知事に交迭の沙汰ありたるに付ては或は所謂民黨の説を容れて撰擧の干渉に盡力したる輩を罰したるなりなど唱ふるものさへあり我輩は政府の眞意果して然るや否やを知らざれども抑も從來の地方官には老朽の老官少なからず其能を問へば維新の功勞と白首の精神とに過ぎずして地方今日の治務に適せざるのみか中央政府に在る新進の官吏と相對しても釣合を成さゞるの姿なきに非ず彼の撰擧干渉の如き政府當局の邊に於ても多少の意はなきにしも非ざりしことならんなれども畢竟立憲政治の精神に通ぜずして政府に反對するものをば朝敵國賊の類と心得る地方の老官輩が漫に其意を迎へて之を增大したるものにこそあれば撰擧干渉の失策と云はんよりは寧ろ平生の不心得を其一事に表したるものと認めざるを得ず左れば今日に當り干渉云々を以て地方官を進退するが如きは抑も亦末にして若しも此種の老輩をして永く其地位に在らしむるときは假令ひ撰擧騒動の如き出來事なしと雖も動もすれば人民との撞突を引起して政府の人望を損するの擧動は常に免る可らず故に我輩の所見を以てすれば政府が今回五六の府縣知事を更迭せしめたるは新内閣に於ける内政整理の第一着手として取敢へず民心の折合を得ざる老朽の輩を淘汰したるものと信ぜざるを得ず若しも然らずして撰擧干渉の爲めに黜陟を行ひたるものならんには政府は恰も前内閣の失策を五六の地方官に歸し民黨の歡心を買はんとするものに似て小兒の戯を戯むるの譏りを免る可らざればなり聞く所に據れば更迭も略ぼ終りたるに付き内務大臣は近々各地方官を招集して訓示諮問する所ある可しと云ふ當局者は既に五六の更迭を以て足れりとするか將た招集の上、親しく其人物を試驗して更に大に及落を判せんとするか其何れかは知る可らずと雖も何分にも今日まで僅に五六の更迭を以て滿足す可きに非ず今の老輩の地方官は何れも多年在職して其成蹟は既に明白なれば日進月歩の勢に從ひ之を淘汰するの要用を悟りたる限りは今度の機會に乗じ續續更迭を行ふて地方治務の面目を一新すること肝要なる可し然らざれば新内閣の施政も矢張り情實の沙汰を免れずして曩きに行ふたる更迭の如きも亦是れ情實の一例として視る可きのみ當局者の爲めに取らざる所なり亦法官の始末は過般以來久しく其處分に困却したる所謂弄花事件の餘波も新任大臣の決斷にて一先づ鎮制したるが如くなれども抑も司法部内にて斯る不體裁を生じたる其原因を尋ぬれば我輩の曾て述べたる如く法官の制度宜しきを得ず如何なる事を働くも法に觸れざる限りは免職の患なきと同時に進級の法頗る窮屈にして先輩の者が失策して職を退くに非ざれば後進の者に立身の望なき等の事情よりして部内に黨派を生じ隨て互に相擠排するの弊を見るものに外ならざれば根底より其弊を一掃せんとするには法官終身の制度を改めざる可らず即ち裁判所構成法の改正なり元來構成法は新法典實施の必要より發布したるものなれども今日より見れば終身の制度を外にして不都合の點頗る少なからざるのみか其新法典さへも斷行延期共に未だ判然せずして世間の疑惑一方ならざるものあれば司法の當局者たるものは單に法官の始末のみを以て足れりとせず更に進んで構成法の改正より法典の處分に至るまで一刀兩斷の決斷を以て其方針を明にすること肝要なる可し我輩は右兩事件の結果如何を見て當局者の技倆を知り併せて新内閣の方針を窺はんとするものなり