「又國會の責務」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「又國會の責務」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

又國會の責務

我輩は前日「國會の責務」と題し水害の事を云々して國會が利を興し功を擧げんよりは寧ろ其固有の弊を避くることに注意し行政機關の運轉を沮害するが如きことなからんを祈望せしが今夫の鐵道敷設法の成行を案するに又その一例として見る可きが如し抑も同法は政府が第三議會に提出したる鐵道公債法と鐵道買収法との二者を合一したるものに外ならずと雖も其實は公債法と云ひ買収法と云ひ共に政府に幾分の自由を與へ行政の處分として専斷するを許さんとしたるものなりしに敷設法は此等の自由を一切制限して鐵道敷設に關する一事一物みな議會の協賛を求めざる可らざる有樣なれば其實施上如何あらんとは當時既に人の危ぶみたる所なりしに果して今日に至り困難の徴候を現はし來りたるこそ遺憾なれ其困難の一と云ふは同法第四章に鐵道會議の制を定め政府は此會議に諮詢するに非ざれば鐵道工事の順序と公債募集の金額とを決定すること能はざるが故に曩に勅令第五十一號を以て鐵道會議規則を發布せしが其議員は貴衆兩院の議員より幾分を採用することゝ定めたり右の組織は理固より其當を得たるものなれども爰に議員間に競爭起り各々當路に面して希望を述ぶるより松方内閣は遂に此會議員を撰任すること能はずして止みたる程の次第なれば伊藤内閣とても亦後來の對議會策かたがたその釣合を乗るに苦み實行甚だ難澁なる可し尤も此等は唯果斷を以て處置するの外なき所なれども更に第二の困難は同法の目的たる今後十二ヶ年間に漸次六千萬圓の公債を募集し都合九線路の工事に着手するものなるに其公債の募集には議會の協賛を得ざる可らず然るに中央線八王子より名古屋又は御殿塲より名古屋に到るもの、北越線直江津より新發田又は前橋より新發田に至るもの、近畿線京都より舞鶴又は土山より舞鶴に至るもの、同線大坂より和歌山又は奈良縣下より和歌山に至るもの、山陰山陽連絡線兵庫縣より境又は岡山縣下より境に至るもの等は例の比較線路なるものにして議會に於て之を決定したる上ならでは工費の豫算を編製すること困難にして又山陽九州の兩線路の如きは共に私設會社の所有せる豫定線路なれば會社の許諾を得ざる前は政府も工事を着手する能はず之を以て政府は第四議會に二十六年度の工事として此等の故障なき奥羽線又は北陸線の豫算を提出せんとしたる由のところ之を傳聞するや始めは五線路同盟と稱し後には二線路も亦加はり都合七線路と地方的利害を共にする議員等は連合して鐵道廳に迫り又は當路大臣に向ひて奥羽又は北陸線の敷設を後にせられたしと要望し若し廳かれずんば勢ひ公債の募集に反對す可しと主張して運動甚だ盛んなれば政府の困却一方ならずと云ふ想ふに各線路の孰れを先にす可きやは各々それそれの理由ありて容易に決す可らざるものあらんとは雖も重に地方的の利害に偏して其向背を決することなれば今假に奥羽及び北陸線を見合はせ他の線路を取る事として其豫算の如きも比較線には二様の表を作るなど無理に編製するを得るとするも奥羽北陸を始め其他の線路は又もや連合して反對を試み結局九線路を同時に少しづゝ敷設するに非ざるよりは遂に工事に着手する能はざるの奇觀を見る可し是も畢竟議會が其權限を貪り毎線路の工事豫算即ち毎年募集す可き公債の額は議會の協賛を經ざる可らざることゝ定めたるが故にして此權利あればこそ前記の如く公債の募集に反對して線路の復讐をなさんと迫るものなる可し誠に燒氣の沙汰にして驚入りたる次第なれども是れぞ即ち國會の弊なりとある上は始め同法設定の際自から省みて此邊に注意し漫に政府の自由を制限して實施上の不都合を悔ひざる様勉むべき筈なるに何も議會の協賛に依ることとして却て行政に及ぼすの弊害を等閑視したるは要するに其心常に所謂國會の責務を顧ること深からざるが故なる可し世の論者中には所詮同法を改正するの外なし抔云ふ者さへありて種々の評説も多きことなれども我輩は今單に其責務に訴へ聊か國會が權利を愛しむの弊を言ふ者なり猶ほ重ねて論ずる所ある可し