「銀」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「銀」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

北米合衆國の議會が一昨年彼のブランド法案(銀塊買〓法案)を議決するや世の兩本位論者は熱心に賛成の意を表したり盖し論者は今の世界に於て銀の價を回復するの法は各國一致して兩本位の制度を採用するに在りと信じ米國の處置を見て大に此目的を助成するものなりと認めたることならんなれども實際に於ては啻に銀の價を高めざるのみか之を平準に保つことさへ能はずして今は其見込の全く間違ひなるを暴露したるこそ笑止なれ投機の結果として銀の價は一時騰貴したれども又忽に下落して其騰るや〓火の揚るが如く其下るや黒玉の落るに異ならず而して同法發布の後、銀價の市塲は其常を失して絶えず非常の變動を蒙れり從前に比して此二箇年の間に價の浮沈甚だしきは左の表を見て知る可し

千八百八十八年及び千八百八十九年に於ては銀の市塲は尋常の態を失はず即ち此兩年間に銀一オンスの價は四十四片十六分九より上に出でず四十一片八分五より下に落ずして其間の差は二年間を通じて二片十六分十五に過ざりしものが千八百九十年には五十四片八分五より四十三片十六分十一の間を昇降して十片十六分十五の差を呈し千八百九十一年より本年に至りては四十八片四分三より三十七片八分七にして其差は十片十六分十五なり即ち千八百九十年の中頃より今日に至るまで銀價の浮沈は五十四片八分五より三十七片八分七の間にして其浮沈の大なるは過去十八年の間に曾て見ざる所なり而して此現象は專ら銀塊買〓法實施の結果たるを記臆せざる可らず法律を以て銀の價を維持せんとする計畫の無〓なること斯くも明白なりとして扨事の實際案ずるに彼の萬國銀價會議に代表者を派遣することに同意したる各國の政府と雖も苟めにも兩本位論者の説を採用するが如きは到底望む可きに非ず即ち其過半は米國に對する會釋として銀の問題に就て席上の討論を嫌はずと雖も最初よりして實際に云々するの意なきものなればなり左れば其會議も各國をして兩本位制度の採用に一致せしむるの望なきは無論、會議の不始末よりして米國政府の銀塊買入れも自から停止するに至る可しとて未來の成行に就て人々危〓の念を抱くも亦止むを得ざる所にして其言を聞くに米國政府が世界に〓する銀の總額の五分二を買〓するにも拘はらず其價は現に前古未曾有の下落を見たる其處に若しも遽に買入を停止して年々その方に吸〓されたる五千四百萬オンスの額が市塲に現はるゝに至らば其下落は如何なる度に達す可きやと云ふに在り又一の心配は若しも銀價の下落甚だしきに至れば東洋爲替相塲の變動より貿易上〓に理財上に非常の困難を見て一大災厄は避く可らずと云ふに在りて彼の印度の造幣所に銀貨の鋳造を禁じ單本位の制度を立てんとて頻りに運動する所の印度貨幣協會の組織の如きも之が爲めに外ならず而して米國にて銀の買入を停止する其上に又も印度にて之を排斥することもあらば銀の市塲は根底より破滅に至る可きが故に其運動は延て英國に於ける不安の人心に〓々甚だしきを加へたり印度貨幣協會の提議に關しては別に論ずる所あれども本來印度の造幣所にて銀の鋳造を止むるが如きは現在の問題に於ては殆んど取るに足らざるの細事件にこそあれば其提議の如きも政府の考慮を煩はす可き程のものに非ず左れば是れは問題の外として抑も未來の成行に關して世人の危〓する所のものは全くの想像にして苟も普通の知識を備ふるものは何人も取合はざる所なれども茲に世人の注意を望む所のものは銀貨今日の下落は需用供給の現〓に原くものに非ずして未來に於ける不味の〓況を恐るゝが爲めに來りたるの一事なり銀貨買〓停止の結果の如き實際に恐るゝに足らざるは曾て論じたる所にして米國の政府に於て其買〓を止むるときは之と同時に速に銀の〓出額の減少を見る可きのみ今日に於ては米國の銀業家は大藏省と名くる多々ますます辨ずる所の大得意を有するが故に其〓額を金に代ふるに毫も不自由を感ぜずして容易に營業することなれども若しも其賣口にして遽に塞がるに至れば銀塊は忽ち營業者の手に堆積して中には餘儀なくして廢業するものもある可し然かのみならず米國の投機者はブランド法案の議決を見込み大藏省に賣付けて奇利を博せんとの目的にて大に銀を買占めたりしが爾來銀の〓出續々〓加せし爲めに其目的全く齟齬し止むを得ず市塲を他に求めて其重荷を卸さんと計りたるが故に啻に其價を下落せしめらるのみならず印度の市塲の如きは非常の供給を以て充たさるゝに至り千八百九十一年三月三十一日を以て終る一期の會計年度に印度に輸入したる銀額は從來一年の平均九百四十萬Rx.(Rx.ルービーの十倍)に對して千四百二十萬Rx.の多きに及べり即ち過去二年の間米國に於ては夥しき銀の供給を見るのみならず東洋の如きは其餘波の爲めに恰も商賣沈〓の季〓に際して非常の供給を受け殆んど其處置に苦しみたるものなり右の次第にして此二年間の景況は全く一時の變態を免れず即ち銀の市塲は未來に於ける困難の恐怖心を以て壓着されたる其上に從來堆積したる銀の始末の爲め又買〓法と名くる人爲の〓出奬勵法の爲めに〓々困難を招きたることなれども其奬勵法にして廢止さるゝに至れば銀の〓出額の減少す可きは無論、その價の下落の爲めに幾分か需用の〓加することも疑ふ可らず銀の價いよいよ下落すれば通貨として從前の〓用を達するには〓々その額の多きを要す可ければなり然りと雖も商賣の一點より見るときは銀の價の如き必ずしも深く關心するに足らず商賣を傷ふものは其下落に非ずして其浮沈定りなきに在り假令ひ銀の買〓法の結果として前古未曾有の浮沈變動を見たる過去二年間の成行に比すれば商賣の安全なることは疑を容る可らず故に世人の蝶々する萬國銀貨會議の結果の如きは患ふるに足らざるのみならず銀の價も其眞相を現はして自然の平準に〓すること遠きに非ざる可しと信ずるなり