「金屏風と愛兒」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「金屏風と愛兒」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

金屏風と愛兒

と孰れか貴重なるやと問わば誰人も之に答辨する迄もなく唯一笑に付し去ることならん誠に愛兒の愛は何とも言葉に盡し難きものにして殊に生計に不足なき家に在ては萬事萬端よく行届き荒き風にも當てずして日夜その子の無事幸〓を〓らざるはなし金屏風の如き素より言うに足らざるなり然るに此愛兒をして立派に成人せしめんには第一に學問教育大切なりとて學校に入れ次で都會にも〓學せしむる常なれども我輩は曾て當豪の爲めに其子弟を學校に托するよりは自宅に師〓を雇う可しと〓きたるが如く今は昔と異にして都會公私の學校には善きもあり惡きもあれど〓して其風儀宜しからず甚だしきは云うに〓びざる程のものさえありて又一般下宿屋等の〓〓も驚くに堪えたり西洋の或人が芝居を評してSlanghter place of Young’s Moral(少年〓德の屠所)と云いしが今や此語は彼の芝居に非ずして我が學校に〓中せりと云うも不可なきが如し懼れても猶お餘りある次第ならずや或は貧家の子弟にして生來常に幾多の辛酸を閲し世上の風雨に慣れたる者ならば斯る空氣の中にても種々に身を處して〓らざるを得べし又實際に於て此空氣中に呼吸せざるを得ざる者なれども富豪の子弟は前記の如く寵愛に寵愛を重ねられ父母は勿論保〓をも添えて奥深き家庭に人となり一擧一動殆んど其心身を勞することなく外泊とても親戚の家に數日逗留くらいの事にして所謂眞綿に包まれ懐に入れらるゝ外更に何等の經驗もなき者が左る恐ろしき屠所に投じて如何にして能く其安全を保つ可けんや言わば純白なる絹の如く少々の汚塵にも忽ち〓染するは其性質に於て免る可からざる所にして一旦の惡風に一生の寶を傷くることもあらば悔ゆるも其甲斐ある可能からずと雖も左ればとて無〓育の儘に唯秘藏を是れ事とするときは家を繼ぐ後に至て世故人事に當るは堪えざるは我輩の毎度〓べたる〓りなり左思右慮殆んど當惑の至りに似たれども之を解くこと甚だ易しと云うは外ならず子弟の〓育費に彼の金屏風を買う代價を移すにあるのみ一双の金屏風その價三百圓と云い五百圓と云い假令え千圓以上にても〓物とあれば之を買うに躊躇せざるは富豪の常なれば今自宅にて充分の〓育叶わずと〓したる上は都會に出だして諸學校中の最も風儀宜しきものを撰み之に〓塲一〓りの〓授を托すると同時に老成篤實にして世事にも〓〓したる學者を雇い恰も之を父母の代理として一切の監督に任ず可し其法は學校の最寄に相應の家を普〓するなり又は借用するなりして親代りの人を居住せしめ子弟は其家より學校に〓學することゝ定まるときは監督者は至當の報酬を得て居家安心の資と爲し他に顧る所あらざれば一意專心その子の化育を務め且つ人の趨く所恰も我子となして其發〓を樂むことならん智德の〓育茲に於てか全くして復た親の懸念を要せざるに至る可し此の如くにして所要の入費幾千にもあらず即ち金屏風の代價あれば容易に叶う事にして毎年一双づゝを奮發するも是れ皆愛兒の爲めと思わず屏風に對する〓を割くに何の惜む所あらんや或は分限により一人にて之を負擔するに困難なる事〓もあらば數人申合わせて右の趣向を取るも可なり親代りの人は數人の子を産みたる心を以て一樣に力を盡して怠らざる可し子弟の〓育は無形の財産なり有形の財産も無形の力によりて始めて維持せられ可きものなれば此力を養わんが爲めの所費は爾餘の財産を護らんが爲めの所費にして固より惜む可きにあらず〓んや好事の一端たる金屏風に於てをや