「電氣鐵道と汽關車鐵道との比較」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「電氣鐵道と汽關車鐵道との比較」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

電氣鐵道と汽關車鐵道との比較

文明の進歩底止する所を知らず蒸氣車の運動既に吾々を驚かして漸く之に慣れ、熱心これ

を擴張せんとする其最中に蒸氣を迂なりとして電氣に易へんとするものあり電氣鐵道の説

は夙に歐米諸國に行はれて幾回か之を試み、隨て試み隨て失敗して實効を見ざること久し

かりしが兩三年來頓に面目を改め就中獨逸の如き米國の如き其最も著しき者にして既に明

年米國シカゴ府の世界博覽會には會塲よりセントルイ市に至るまで凡そ二百八十哩の間に

電氣鐵道を敷き速力一時間一百哩の豫算を以て目下其工事計畫中なりと云ふ左の一編は九

州鐵道會社の技師總長なる獨逸工學士ローム シヤテル氏の起草したる橫文の翻譯なり書

中電氣鐵道と蒸汽鐵道との得失利害を論じて電氣の利を示すこと明なり殊に其末段に至り

日本の如き自今漸く鐵道事業を擴張せんとする國にては既有の汽關車も多からざれば其始

末に苦しまずして新に電氣法を用るに易く又狹軌道をして歐米諸國の鐵道に等しき速力を

得せしむ可し云々は最も等閑視す可らざるものなり尚ほ又我輩の所見を以てするに日本の

地勢は水力の便多きが故に沿道の給電所に之を利用するの工風もある可し何れにしても我

國の鐵道家は電氣の一事に付き十分に勘考して其利益を空ふせざらんこと我輩の冀望する

所なり                              時事新報記者

市街鐵道に於ては馬車營業に代ふるに電氣營業を以てし經濟上の一大利益を見るを得たり

元來電氣營業は汽關車鐵道部内に於てこそ一層貴重せらる可きものなれども其未だ然らざ

る所以は他なし一は電動器の特性を詳知するもの電氣技術部内に止まるに因り一は電氣營

業の眞價を知らずして之を低評し働力變性の際其消失洪大にして爲めに電氣營業の費用は

從來よりも遙に大なるべしと想像したるに基くなり然れども此意見は最近時に於て強流電

氣應用の際、得たる所の經驗に依て既に排斥せられたり故に漸次各技術部に於て電氣機械

の利益を研究し強流電氣應用の度を重ぬるに從て電氣作用は鐵道事業に一大影響を及ぼし

著き進歩を爲すこと期して待つべきなり

今左に電氣營業を汽關車營業に比較し簡單なる考察を下さんとす

從來の經驗に從へば電動器の作用力(誘導電氣力と電動器より出る機械力との割合)は平

均九割とす又機械力を電流に變する際に於ても前記の塲合と同樣の好割合を示すものとす

即ち發電器に移したる機械力の九割は電流力に變するを得べし然るに電氣性働力を移轉す

るには先つ存在の機械力を發電氣に依て電流力に變し次に此電流力を電動器に依て復た機

械力に變ぜざるを得ざるを以て所要の作用力は凡そ八割(0.9×0.9=0.81)に止まり使用し

たる働力の二割は熱となりて目的の働力より消失す然れとも消失總額は未た此二割に止ま

らず尚ほ電泉と電動器との間に必要の誘電線に於て減少するものとす而して弱流電氣應用

の塲合に於て距離遠大に渉るときは非常に太き誘電線を具附けざれば前記の損失甚た大な

り然れとも斯の如き誘電線の費用は頗る大にして電氣營業は此塲合に於て唯短距離に於て

のみ収支相償ふを得べし之に反して強流電氣應用の塲合に於ては此憂なく距離遠くして移

轉すべき電氣働力洪大なるときと雖も割合に細き誘電線にて用に適す可し故に誘電線に於

ける消失を一割乃至一割五分とし適當の強流電氣を應用するときは誘電線の費用をして經

濟上許す所の範圍を超えしむることなく相當の電氣鐵道を建設することを得るものと假定

するを得べし即ち總消失働力は三割乃至三割五分なりとす斯の如き働力消失にも拘らず電

氣鐵道營業は尚ほ經濟に適し得ると云ふは頗る奇なるが如くなれども詳細なる觀察を下す

ときは電氣營業は實に汽關車營業に比して遙に低廉なること瞭然たり茲(玄+玄)に唯特

に注目を要するもの二件あり則ち一は無益なる重量として毎に隨伴せざるを得ざる所の汽

關車の重量輕少ならざること一は汽關車内に於て燃料を充分利用し能はざること是れなり

第一點は電氣營業に於ては電動器の重量に止まり是れは誠に輕量のものにして車輛の軸上

に直接附着するものなり今歐洲の鐵道に於ける如く平均速力を六十五キロメートルとし車

輛送致力は全列車送致力の六割二分なりとするときは汽關車隨伴の爲め働力を消失するこ

と三割八分なり又第二點に就ては汽關車營業に於ては一馬力一時間の爲め費消する石炭量

は一千五百グラム(一、五キログラム)とす然れども据置蒸汽機械は發電器に就て見る如

くヴルフ(woolf)氏式の製造方にして且つ凝縮器を有する塲合に於ては右に等しき働力の

爲め僅に八百グラム(〇、八キログラム)を要す故に電氣營業は前記最小作用力即ち六割

五分を示すものとするも現今の汽關車營業が同等の列車を送致し其他同等の塲合に於て費

消する石炭量の((0.8×0.62)÷(1.5×0.65)=0.51)〔分数〕五割一分のみを要すること判然

たり之に依りて電氣營業は汽關車營業に比して遙に低廉なる費用を以て列車を送致するを

得べきものなり(以下次號)