「電氣鐵道と汽關車鐵道との比較」
このページについて
時事新報に掲載された「電氣鐵道と汽關車鐵道との比較」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
今茲に電動器に就き制動、起動、轉動等主要の性質に關し短簡なる説明を爲さんとす
電動器は其運動元來循環性なるが故に直線状の運動を環線状に變ずる塲合に於て要する如
き振動を爲さゞるを以て最簡便なる働力機械と云ふべし此循環性運動方は則ち列車送致の
電氣營業の爲め特に緊要の事なり汽關車營業に於ては直線状の運動を環線状に變ずるを以
て爲めに汽關車の運動に妨礙を生じ其速力を狹小なる範圍内に制限すと雖も電氣營業に在
ては聊かも危險を釀すことなく遙に大なる速力を以て列車を送致するを得べし
又各種勾配線路上に於て可成的同等の速力を用ふることに關しても電氣營業は汽關車營業
に優ること數等なりとす汽關車の働力は其磨擦重量は措て論ぜず一定時間内發生し得べき
蒸氣の量に依て制限せらるゝが故に一定の列車を平坦線路上に於て一定の速力を以て送致
し得るものとせば昇勾配上に於ては働力の需要揄チするに從て速力を減少するか又は列車
を輕減せざるを得ず然れども電氣營業に於ては全く此究屈なる制限を感ずることなく然の
みならず各種重量の列車自然に其速力を節制し速力の差異至て小なり唯茲に必要なる事件
は第一揄チ牽引力に應ずる磨擦重量第二相當の電流存在すべきこと是なり
磨擦重量をして適當ならしむるには單に最大必要數量の電動器を車軸に具附するを要す又
相當の電流を存在せしむる爲めには最大牽引力に應する電流を供給するに必要の位置に給
電所を設置するを要するのみ故に電氣營業に於ては速力の自由なるは論を待たず營業の安
全なること汽關車營業の比にあらざる明瞭なり
又速力節制方に關しても電働器は最も簡便なる機械と云ふべし茲に其名を擧げざれども無
數の機械に依て外力を要するなく速力の節制自然に行はれ平均速力に相違すること極めて
微小なり
然れども各種の重量をして全く同等の速力を有せしめんと欲せば電磁石の磁石力を變せざ
るを得ずと雖も是れ單に重量揄チせば磁石力を強め其減小するときは之を弱むるのみ此強
弱の方法は電磁石の巻線中に挿入しある抵抗物を一擧手の下に小若しくは大ならしむるに
在るのみ又同等の重量に於て速力を搆クすべきときは磁石力を強弱ならしむる處の挿入抵
抗物を用ひ又は磁石巻線の巻數を搆クす
電動器の進行を始むるとき電流は進行中最大働力の際よりも強き能力を示すものなるを以
て列車は安全に進行を始め得ること確然なり唯茲に注意すべきは相當なる簡便の裝置を以
て電磁石巻線を過度に熱せざる樣にすべきこと是れなり
電動器を逆行せしむることは輓近發明の炭刷毛に依て非常に簡略を極め單に磁石極交換に
依て之を執行するを得るものなり
電動器を具有する車輛を停止せしむるには先づ電流を斷ち次に抵抗力充分なる電環を挿入
す電動器は茲に於て發電器の作用を爲し列車の活力を熱に變ず而して速力減じて一定の度
に達したるときは列車の逆行を促すべき電流を誘導するを得べし
之に依りて電氣營業の車輛運轉は誠に簡略なるものなるが故に汽關車營業に於ける如く熟
練の職員を要せざるものなり
一千八百九十一年十一月十日伯林に於て開會したる鐵道學會の演説に從へば電氣營業は一
時間の速力八十キロメートルの列車の爲め汽關車營業に費消すべき働力の五割一分を要し
五十キロメートルの速力に於ては其割合七割二分と爲る故に急行及旅客列車の爲め電氣營
業は汽關車營業に比して平均六割二分(72+51 / 2 =62%)と假定するを得べし列車運
轉費の比例は勿論電氣營業費中に電氣誘導線建設費の利子並其償却費を算入し電氣營業に
於ては汽關車營業に對し七割五分なりとす而して此莫大なる儉約の外に旅客及急行列車の
電氣營業は甚だ大なる利uを與ふるものなり先づ第一に軌道修繕費遙に低廉なるべし何と
なれば一方に於て汽關車營業に於ける如き衝突状の運動は電氣營業に於て殆んど見ざる所
なり他一方に於ては汽關車の如き重量を載する車軸なければなり故に電流誘導線費は軌道
建設及修繕費の儉約を以て過分に顛充せらるゝものと假定するを得べし第二の電氣營業の
利uは既に陳述したる如く汽關車營業に於ては長大傾斜線路上に於て汽關車の働力揄チす
るに從て速力を減少せざるを得ざれども電氣營業に於ては最簡單なる方法に依て傾斜面上
に於て働力を高め列車をして此面上に於て平担面上に於けると同等の速力を以て進行せし
むるを得、又一定の區域内に於て危險の憂なく平均速力を著しく高め得ること是れなり
電氣裝置建設の事は尚ほ綿密なる試驗を經て撰定すべきを以て今茲に唯其大要を述ぶべし
各給電所(電流を發生する所)は該線路部に於て交通する最大列車に應すべき働きを爲し
得る樣之を設置すること得策ならん然れとも各接近兩給電所間に數列車を同時に交通せし
め得る樣相間隔して之を置くは其當を失するものならん葢し給電所の距離大なるときは電
流甚だ強からざるを得す而して一定の度外に電流を強むるは危險を釀す憂なきや研究せざ
るを得さる所なり故に先つ此の距離を十乃至二十キロメートルとし蒸氣機械の働力を四百
馬力とすれば可ならんか
電流誘導線 は兩軌條の中央に置くを得策とす此塲合に於ては絶縁方容易に行はれ得べく
軌條は地氣線に代用するを得べし
給電所設置費 は汽關車購入費額を以て餘剰を生ずべく誘電線費は軌道建設費と其修繕費
の儉約を以て過分に顛充し得べきを以て電氣鐵道建設總費額は汽關車鐵道費額より廉なる
こと疑なく又電氣鐵道建設總費額は汽關車鐵道費額より廉なること疑なく又電氣鐵道營業
費は前陳の如く汽關車營業に比して少くも二割五分を儉約するを得るものとす
日本の如き自今漸次鐵道事業を擴張せんとする國に在ては計畫線路中の一部に於て電氣營
業を試み此試驗にして好結果を呈するときは一般に電氣營業に移ること難事にあらざるな
り是れ歐米諸國の如き既に鐵道の擴張を極めたる國に於ては在來の無數汽關車の處置に苦
み容易に實行し能はざる所なりと雖も日本に於ては大に然らざるなり况んや電氣營業は狹
軌鐵道の弊害を救ふて列車をして少くも歐洲諸國に於る如き速力を以て進行せしめ得べき
利uあるに於ておや(終)