「自由黨の航路擴張案」
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時事新報に掲載された「自由黨の航路擴張案」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
自由黨の航路擴張案
自由黨にては今回の議會に提出す可き議案少なからざる中にも航路擴張案の如きは最も熱
心に主張す可しと云へり抑も帝國議會は開設以來既に三回を開きて今回は既に第四回なれ
ども其成蹟如何を問へば聊か答辨の辭に窮せざるを得ず數年前を回顧すれば國會開設の一
事は滿天下の希望を繋ぎて人心の歸依一方ならず啻に有志家政客の輩が之に熱して空想を
逞ふしたるのみならず商賣家實業家の類に至るまでも大に望を屬したるは同一樣にして所
謂大旱の雲霓を望むに異ならず或は其曉に至れば世間の景氣も回復して商賣は春色を催ほ
して工業は秋實を収む可しとて只管その時機の到るを待ち設けたるものゝ如し國會の開設
に不景氣回復の希望は無理なる注文にして實に淺墓なる次第なれども兎に角に斯る空想者
を出したるは國民が立憲に望を屬したるの候として認めざるを得ず然るに愈々開設の實際
と爲りて其始末を見れば第一期は種々難澁の末、纔に無事に過ぎたれども第二期には解散
の大騒動あり續て第三期も停會の不首尾を免れず而して其間に如何なる問題を議决して如
何なる事業を爲したるやと問へば當局の政客中には自から説もあることならんと雖も單に
議論の喧しきを見たるの外、一般の世間には絶えて利益を與へたることなく其僅にこれあ
るものは前後たゞ鐵道敷設可决の一事のみなりと云ふも過言に非ざるが如し國會は世間に
對して其開設前の人氣を全く失ひたるものと云ふ可し抑も政治の道は多岐なれども世間を
賑にし人氣を取るの一事より大切なるはなし社会の風景を殺了し人心を枯燥せしめて國の
開明進歩を致したるの例は古來未だ曾て見ざる所なれば國會議員の人々も大に此邊に考へ
て政論は自から政論として別に論ずることゝなし一個人の力に及ばざる所謂國家事業に就
ては大に金を散じて之を進むる計畫なきに於ては社會の人心次第に離れて愈々國會を厭ふ
の實を呈し其成行き甚だ妙ならざるものなきを期す可らず例へば議塲にて毎度議論の喧し
き撰擧法改正の案の如き又は三大自由とて言論集會出版の自由を寛にする説の如き政論と
しては自から重大の問題なる可しと雖も一般社會の眼より見るときは今の撰擧法を改正し
て人民代表の主義を擴張するも言論以下の自由を得るも何も直接に利する所のものあるに
非ざれば目下の時節に際し何事を差置きても先づ其改正自由を得んとて熱望する者はなか
る可し又地租輕減地價修正の問題の如きは民力休養云々とて專ら斯民の爲めに謀るの精神
なりと云ふと雖も若しも身を實地に處して考へたらんには果して實行せらる可きものか、
せられざるものか好し又これを實行するも果して休養の目的を達し得べきか、得べからざ
るか自から問ふて自から答ふるに苦しむことならん若しも第四期の議會も相變らず是等の
問題に齷齪して因循姑息の中に終ることもあらんには國の事業は次第に退縮して社會の人
心いよいよ離れざるを得ず或は開明進歩の所産とも見る可き國會をして却て其障害物たら
しむるの極にも至らんかとて竊に我輩の掛念も少なからざりしに議會亦自から其人に乏し
からず滔々たる政論の霧中より萬丈の光焔を吐き大に進歩の計畫を實にせんとするものを
出したるは外ならず自由黨の航路擴張案即是れなり其案の趣旨を聞くに大に日本の航路を
擴張せんとするものにて歐洲及び濠洲の二線路を開き毎月一回づゝ郵船を出すことゝなし
一個年往復十二回に要する航海費の収支を算するに歐洲線に於ては五十一萬二千九百圓餘
濠洲線に於ては三十六萬七千八百圓餘合計八十八萬圓餘の不足を見るに付き此不足額を國
庫より補助するときは充分目的を達す可しとの見込なりと云ふ其大體は我輩平素の持論に
して徹頭徹尾賛成を表する所なり思ふに實際には尚ほ精密の調査を要することもあらん又
その金額に關しても過不足の談もあることならんなれども航路擴張の事たる目下の急にし
て一日も緩にす可きに非ざれば細目の箇條は他日の修正を待つも晩からずとして此案の議
塲に上るの日には滿塲の一致を以て速に議决に至らんこと希望に堪へず果して斯くの如く
なるを得ば國の爲め益する所少なからざるは申す迄もなく國會の人望萬々歳ならんこと我
輩の疑はざる所なり