「維新功臣の本分」
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本文
維新功臣の本分
第四期の議會も最早や數日の後に迫りて民間の各政黨には夫れ夫れ用意も整ふたる折柄
〔手偏〕、政府の擧動は如何と云ふに相變らず無爲冷淡にして對議會の方略として見る可き
ものなきが如し是れぞ所謂超然主義の本色にして自から進んで爲すことを敢てせず大抵の
事は議塲自然の成行に任せて大目に看過ごし兎にも角にも目下の無事を祈るの政策にても
あらんか前回以來の難局に處する一時の姑息法としては敢て非難す可きに非ず我輩は其方
法に就て強いて反對を試むるものに非ざれども顧みて政務の大局を察すれば今の當局者の
責任として經營す可きもの甚だ多く今日は因循姑息して一日を空ふす可き時機に非ざるを
知る可し現政府當局の老政客は何れも維新以來の元老にして經歴少なからず其功勞は我輩
の世人と共に認めて永く忘れざる所なれども抑も當初の目的は王政復古廢藩置縣の變革を
以て終りを告げたるものに非ず當時今の老政客の輩が其先輩の人々と共に政の樞機に參じ
て廟謨を定むるに當り立國の方針を文明進歩の主義に取りて獨立國の體面を全ふせんこと
を盟ひ爾來百般の施設經營は皆この精神を實にせんが爲めにして即ち兵制と云ひ法律と云
ひ敎育と云ひ又財政と云ひ大に面目を改めて見る可きもの少なからずと雖も尚ほ一歩を進
め政務の大局より着眼して立國の長計を觀察すれば今日の處にて維新の大業は正に其半途
に在りと云はざるを得ず例へば條約改正の如き國家必須の事業なるにも拘はらず毎度失體
を極めて毫も進歩の實を見ず又東洋問題の如きも隣國の形勢日に相迫るの今日の當り殆ん
ど之を抛擲して顧みざるは共に外に對するの體面を全ふしたるものとは云ふ可らず然らば
内國の事業は如何と云ふに更に甚だしきものあるが如し商賣貿易は富強の基にして國家の
義務として之を奬勵保護するの方便、一ならざる中にも航海の業を擴張して海外の交通を
盛にするの一事は最も急務と云はざるを得ず即ち世界各國の政府は何れも金を愛まずして
航路の擴張るを勉むる所以なれども日本の政府に於ては二十年來曾て其計畫だもなきが如
し又内國の人口年々增加するは識者の夙に注目する所にして其始末に就ては北海道の開拓
又は海外の移住等種々の説も少なからざるに拘はらず當局者に於ては果して如何なる意見
あるや否や我輩の未だ聞かざる所なり殊に國防の要務なる海軍の事に至りては年來幾多の
金を費しながら軍艦製造の方針さへも未だ定まらざるが如き立國の大計に於て至らざる所
のもの尚ほ多しと云はざるを得ず凡そ是等の事業にして擧らざる限りは當初の精神は半に
して挫けたりと評せらるゝも申譯けなき次第なれば苟も維新の功臣を以て自から居る者は
何は扨置き一心これに從事して假令ひ生前に功を見る能はざるも斃れて已むの精神を貫く
こそ其本分なる可きに然るに近來の擧動を見れば唯目下の難を避けて一時の安を偸むも
のゝ如く事業の計畫に就て案外に冷淡なるは何分にも了解に苦しむ所なり或は國會の難局
は目前の急にして其始末に忙しければ前途の大計の如きは思ふに遑なしとの意味もあらん
か我輩は之に對して大に説なきを得ず抑も政府が明治十四年に國會の開設を約したるは内
部には自から事情もありしことならんと雖も大體の成行に就て見れば維新當初の精神を擴
張して一般の國民と共に謀りて大業を大成するの目的に出でたるものと云はざるを得ず即
ち今日は國會も約束通り目出度く開設して大に進歩の計畫を實にするの時節到來したるこ
となれば苟も因循躊躇す可きの時に非ざる可し盖し十數年來政府の方針その宜しきを得ず
して官民間の調和を欠き一般の人心を失ひたるは即ち今の難局を招きたる原因にして當局
者の失策として責を免れざる所なれども其事は姑く別として若しも政府が目下の難局に齷
齪して國事の急を等閑に付し因循姑息に日を空ふするときは却て後難の更に恐る可きもの
なきを期す可らず如何となれば國中に散在して隱然政治上に勢力を占むる獨立具眼の士人
が政府の共に謀るに足らざるを見て之を度外に置き恰も路傍の觀を爲すと共に年來政府に
反對する民黨の人々は其反對に積極の方針を取り一方に政府を攻撃しながら他の一方に向
て民望を収るの手段に出ることある可ければなり現に今回自由黨より提出す可しと云ふ海
軍擴張及び航路擴張の案の如き政府に一着を先んじたるものにして或は今後の成行に於て
政權は一般の人心と共に次第に反対黨の手に歸するが如き變化も圖る可らず斯の如きは則
ち現政府は終始超然として遂に其地位を失ふものと云ふ可し古今政界の一奇談として見る
可きのみ一國大局の上より見れば國事進歩して獨立の體面を全ふするに至るときは政府の
政權の如き何人に歸するも關せざる所なれども今の老政客の身と爲りて考ふれば維新後半
の大業を年來擯斥したる反對黨の手に成らしめたりとありては自家の本分に於て相濟まざ
るのみならず地下の先輩に對しても申譯なかる可し故に我輩は敢て難きを責むるものに非
ず唯當局者が自から心に訴へて自から斷ずることを祈るのみ