「盍ぞ一歩を進めざる」
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時事新報に掲載された「盍ぞ一歩を進めざる」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
盍ぞ一歩を進めざる
一兩年來民黨の所論は兎角消極の一方に偏し政府の發意に出たる事業とあれば利害得失を
論ぜず一概に反對するのみにして左ればとて自から進んで事を計畫するにも非ず其目的は
政府の信用を失はしめ自から取て代らんとするに外ならずして恰も國家の利害を顧みざる
の觀ありしより或は其擧動に驚て之を目するに破壞黨を以てしたるものさへなきに非ず破
壞黨を以てしたるものさへなきに非ず破壊黨とは歐洲諸國にて所謂無政黨虚無黨の類と意
味を同ふするものならんか、我民黨の擧動假令ひ穩ならずと云ふも精神の所在は自から明
白にして深く咎むるに足らざるに破壞の名を付するとは不倫の甚だしきものなりとて我輩
は大に其非を鳴らしたれども兎に角に其方針常に一般の希望に反して人氣を失ひたるは事
實に疑ふ可らず昨年の國會解散以來の成行に就ても明白なる所なれば若しも今日に於て之
を改めざるときは益す益す大に厭はれて前途の望、覺束なきのみか遂には國會その物をし
て一の厄介物たらしむるの極にも至らんかとて掛念も少なからざりしに其人々も茲（玄＋
玄）に悟りたる所あるか近日の言論を見れば從來の空論に似ず大に實に近きたるものゝ如
し即ち其人々が今回の議會に提出す可しと云ふ航路擴張案の如き海軍擴張案の如き何れも
其一班を窺ふに足る可きものにして今日の民黨は亦舊日の民黨に非ざるの情を見る可し果
して從來の非を悟りて大に爲す所あらんとするの精神ならんには我輩は大に之を賛成して
與に共に方針を談ぜんとするものなれども顧ふに進取の事たる亦决して容易ならず一般の
利害に着目して立國の大計を謀るときは今後爲す可きの事業少なからずして航路擴張案の
如きは唯其一端に過ぎず即ち内國の物産工業を奬勵保護して通商貿易の繁盛を謀り海外に
殖民地を求めて人民の移住を計畫する等目下の急務は一にして足らず何れも莫大の費用を
要する事抦にして其費用の出處は之を如何す可きや民黨の人人は頻りに經費の節減を唱へ
其節減し得たるものを以て之に充てんとするの計畫なりと云ふ節減の説敢て不可なるに非
ざれども今の經費の如き精々節したる處にても高の知れたることにして國家事業の大計畫
に間に合はざるは數に於て明白なる處なれば更に費用の出處を求めざるを得ず（銀位下落
物價騰貴の爲め政費に影響することも亦甚だ容易ならず他日論ずる所ある可し）退て消極
の方針を墨守せんか國家の事業は日に縮少して民心は次第に離る可し進んで積極の方向を
取らんか費用支出の考案なかる可らず民黨にして退歩の覺悟ならんには夫迄なれども既に
前非を悟りて進歩の方向に决したる以上は我輩は其人々が更に一歩を進めて地租輕減地價
修正の計畫を斷然思ひ止まらんことを勸告するものなり抑も輕減修正の利害得失は我輩の
飽までも陳説したる所にして少しく思慮ある者は到底實行す可らざるを認むるのみならず
論者自身と雖も今日と爲りては内々その非を悟りたることならん聞く所に據れば輕減修正
の兩論は共に所謂民力休養の趣旨なるにも拘はらず實際に於ては互に利害を異にして互に
相容れず今日の有樣にては既に本來の趣旨を離れ輕減論あるが爲めに修正論あり、修正論
あるが爲めに輕減論ありとも云ふ可き姿にして昨今は修正論の氣焔頗る盛にして輕減論の
方は餘り喧しからざる如くなれども若しも一方の説にして議塲に出づれば他の一方も必ず
續て提出さるゝに至る可し畢竟修正を欲する者は輕減を以て自家の目的の爲めに不便なり
とし又輕減を云々するものは修正を以て銘々の不利として互に地方の意氣地を議塲に爭ふ
ものに外ならずと云ふ而して論者の内情如何を問へば共に希望の必成を期するものに非ず
實際には到底行ふ可らざるを知りながらも平生の言論と云ひ撰擧區民に對する約束と云ひ
今更ら前説の取消もならずして私情一偏に主張するまでのことなりと云ふ其情憫れむに堪
へたりと云ふ可し右の如き論者は兎も角もなれども今の民黨の人々は既に國事の方針を進
歩の一方に决したるものなり進歩の方針と輕減修正の計畫と兩立す可らざるは數に於て明
白なる所なれば盍ぞ一歩を進めて其計畫を思ひ止まらざるや若しも一方に於ては進歩の方
針を取ると明言しながら一方に於ては輕減修正の説を唱へて立國の根立を動かさんとする
が如き擧動もあらば其言論は如何に壯快なるも我輩は矢張り一種の空論を主張するものと
して國中多數の人々と共に之を排斥せんと欲する者なり