「 撰擧法改正に就き 」
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時事新報に掲載された「 撰擧法改正に就き 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
撰擧法改正に就き
撰擧法の改正は夙に自由黨その他の黨議とする所にして今年も亦昨年の如く議會に提
出す可しと云ふ其改正の要點は從來の撰擧區劃を大にし及び撰擧被撰擧人の資格を擴
張すること等にありて頗る熱心に唱道すと雖も撰擧法なるものは元來憲法の附屬法な
るが故に容易に之に向て變更を加ふ可らず實地に充分の經驗を遂げイヨイヨ施行に堪
へざるの弊害を認めたる後に於て徐ろに改正に着手するも晩からざれば漫に理論を楯
として屢々變改を試むるが如きは法の性質を知らざる者なりとの説ありて其案の可否
を審査する迄もなく未だ改正の運びに到らず盖し朝令暮改は尋常の法律に於ても病と
するところ况んや撰擧法の如きに至ては固より愼重を加へざる可らざる上に改正の要
點とても亦必ずしも事實に大なる不都合を見るにあらざれば我輩の素論として改正論
者と一二の意見を共にするにも拘はらず敢て急速の斷行を祈らざれども爰に何分にも
痛心に堪へざるは撰擧の方法に關する實際のことなり國會議員の競爭漸く激烈に赴き
たる以來市町村郡府縣會議員の撰擧にも種々の弊風を生じ贈賄脅嚇は云ふに及ばず甲
乙黨派の間に刃傷殺伐の沙汰さへありて其紛擾一方ならず殊に國會は其關する所廣大
なると共に議員の競爭も亦更に劇しく過般解散の後に於ける總撰擧の際の如きは人を
して寒心せしめたる程の有樣にして其餘波永く延いて今猶ほ困難を感じつゝあるなど
治安上にも經濟上にも官民共同の一大難儀たるは天下何人も認めて顰蹙する所なり若
しも撰擧と云へることは國會を俟て初めて起りたる制度とすれば僅か兩三年にして直
ちに云々するは聊か輕卒の嫌もあれども前記の如く縣會等に於て既に毎度の經驗を積
み唯その弊のますます大なるを見るのみならず諸外國にても殆んど吾と同樣の光景に
して隨て代議制度の得失をさへ疑議するに至れりといふ果して然らば之が救正の法を
講ずるは决して早計に非ざる上に寧ろ急務中の急なるものなれども撰擧の當否を吟味
するは今日の事にあらず唯その方法如何にあることにして外國も亦夙に爰に見る所あ
り現に米國に於ては今年より秘密投票の法を採りしに其結果甚だ宜しく其他秘密投票
の國々にては何れも記名投票國の如きにあらずとは此程の本紙にも記載したる通りな
り蓋し昔年に行はれたる秘密投票には輕からざる弊害もありしことなれども爾後改良
に改良を加へ工風に工風を積み近今は餘程妙好の法となりて中に贈賄の如き多少の懸
念なきに非ざれども夫れさへ効能微弱にして脅嚇暴行等に至ては先づ以て憂ふるに足
らざるものゝ如し左れば我國の撰擧法改正論者も撰擧權擴張など理論的に屬する問題
よりは實地目前の弊害に着目して其矯救の方法を講究するこそ國事に適切なるものと
云ふ可けれ我輩は常に政界の理に精にして却て實に疎なるの觀あるを憾み今また撰擧
法改正に就て聊か一言する者なり