「 日本銀行 」
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時事新報に掲載された「 日本銀行 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
日本銀行
の課税論は議會中に喧しきのみならず經濟社會一般に其利害を言はざるものなし一利
一害、細に論じ來れば遂に水掛論に歸して之を判斷するに易からず本來物の數に由りて
成立したる銀行に課税の税も亦物の數なれば其間に論難の生す可き理由なく片言以て决す可きに似たれども中央銀行の性質に於て單に數を計へて之を責む可らず其最も重んずる所は數理外の徳義に在るが故に扨こそ課税の利害をも容易に論定す可からざることなり何を其徳義と云ふ中央銀行は一國經濟の運轉を滑にするの大機關にして世間の金融緩慢なるときは態と其資本を一處に集めて他を妨けず之に反して次第に活溌なるときも自家の資金をば徐々に出して景况を窺ひいよいよ事急なるに迫りて將さに一般の恐慌にも至らんとするときか又は一地方一事業の必要に促さるゝ其時に臨み始めて平生の大力量を現はして財政の太平無事を維持するものなれば商賣營利の一偏より見るときは其運動の不活溌なるのみか恰も自から好んで不利の地に立つものゝ如し商賣人にして不利の地に立つの義務あり其義務を全ふせしめんとするには唯中央銀行者の徳心に依頼するの外なし是れ即ち課税論の是非を决す可き要點なり銀行果して徳心なきか課税固より可なるのみならず假令ひ之を課しても其毒害を緩和するに足らず或は其内部に義務を盡すの徳義あるか、些々たる税金これを看過して大機關の用を妨く可らざるなり我輩は日本銀行をして眞實に中央銀行の用を爲さしめんとて毎度議論せしこともありしに近來聞く所に據れば次第次第に主義を固くして他を妨げざるを勉め常に大資本を集めて庫中に閑却せしむる其上に預り金をも無利子にして自然に之を遠ざけて間接に他を利せんとするが如き中央の徳義に愧ぢざるものと云ふ可し尚ほ其缺典に就て論すれば論す可きものもあらんなれども目下遽に之を動搖せしめて其発達を妨るは之を評して智者の事と云ふ可らず左れば彼の課税の事も物の數より言ふときは甚だ道理あるが如くなれども殺風景なる道理のみを責めて却て銀行をして不徳を犯さしめ金融社會を紊亂することもあらんには僅に數十萬圓の金を以て一國經濟の大機關を賣却して其用を空ふするものと云ふ可し例へば日本銀行が六七十萬圓の税を課せられたり左りとは默止す可き塲合にあらずとて營利の一偏に志し貸附の法を簡易にして愛嬌を旨とし千客萬來を待つこと尋常の商家の如くし或は都鄙の商賣地方に支店を設けて預り金を引き隨て預り隨て貸出し大資本の大力を逞ふして縱横無盡に荒れ廻はりたらば之を如何す可きや金融社會の全面紊亂せざらんと欲するも得べからざるなり或は必ずしも斯くまでに暴發するにも及ばず銀行者の方寸を以て少しく徳義外の運動すれば世人をして波瀾の起伏を知らしめざる間に六七十萬の餘計を利すること决して難きにあらず苟も經濟上の思想經驗あらん人にして此睹易き事情を解せざる者なきは我輩の敢て信ずる所なれば我輩は此種の人々と共に課税論に反對する者なり或は中央銀行者の徳心永く恃むに足らず今日可なるも永日に不安心なり或は他年其人の更迭もあらんにはますます覺束なしと言はんか、然らば則ち日本國中に中央銀行を托す可き人物を得ずとの推測にして日本國には中央銀行を設く可らずと云ふに異ならず我輩は我國民の徳心に依頼して此言に同意するを得ず我經濟社會には正義の人物に乏しからず能く大銀行を司どりて數理外の徳を守る可きを信ずる者なり