「外國品購買に就て」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「外國品購買に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

外國品購買に就て

我輩は曩に我が直輸貿易を繁盛に赴かしむるの一策として日本商人が歐米諸國にて信用ある會社商店の代理(エージェント)となり其保護を受けて營業せんことを勸告すると共に政府を始め民間の大會社等にても外國の物品を要するときには此等商人の手を經て購ふの例を造り以て間接に保護せんことを促がせしが窃に案ずるに今日は正に其氣運の到來したる時節なるが如し抑も維新以來の新事業たるや概ね外國より舶來したる種類のものなれば慣れぬ事とて其處置取扱に外人の手を借るは止むを得ざる所にして立法上に行政上に將た諸般の學藝上に幾多の外人を傭使したるやは屈指に遑あらず何事も其所説を參酌し其保證を得ざる限りは安心すること能はざるの有樣にして官民ともに只管これに重きを置き殊に文明の利器と稱せらるゝ鐵道の如きに至ては之が設計を立つるの技師、之が敷設に充つるの材料は勿論事成りて運轉を始むるに至り機關車に石炭を焚く火夫さへも亦外人を以てしたるの始末にして邦人は唯手を束ぬるの外なき程なりしが是も亦當時の必要にして敢て爭ふ可きに非ざりしに爾來世運の進歩駸々として文明の智識動もすれば出藍の色を呈し隨て從來外人の占領したる地位も着々我國人の代る所となりて今は唯二三の遺れるあるに過ず火夫云々の談の如き今日より回想すれば殆んど或る野蠻國の記録に似て自家の事としも思はれざる迄に至りたるは亦賀す可きの慶事と云ふ可し此際我が商業は比較的に或は幼稚たるを免れざる可き歟なれども商人の技倆經驗著るしく進歩して二三十年前とは全く隔世の觀あるは決して疑ふ可きにあらず内地雜居も恐るゝに足らずとさへ云ふ所なるに政府を始め世間一般の之を見るや甚だ輕く又これを認むるの明なく外國品購入の如き一小事すら依然として外商に依頼し内國商人をば頼むに足らずとて之を擯斥するとは誠に時勢不相應の沙汰にして俗に自家の畑に生じたる芋は甘からずと云ふに均しく其擯斥せらるゝ者の身より考ふれば葢し隔靴掻痒の感に堪へざることならん况んや是迄外國品購買を請負ふ外商なるものは果して誠實に購入者の利益を圖り良質廉價を求むるに注意周到なるや否や、其購入品には果して不合格のもの無かりしや否や、或は之あるも内外の事情通ぜざるが爲め忍んで受取りたるの塲合等なかりしや否やとて世間の物論もなきに非ず假令ひ左程の不都合なしとするも我商人の手を以てすれば自然に斯る掛念も少なく殊に購買上の注意は一層深くして例へば材料の供給者及び時價の高低等も必ずや等閑に付することある可らず即ち購買本人の大利にして葢し政府にても民間の諸會社にても是れまで外商に依托したるは好んで是を爲したるにあらず内商の未だ不慣なりし當時に於て止むを得ず取りたる其先例は匁々二十餘年間を因襲し今猶ほ小兒を以て成人を目すればこそ恰も擯斥するの姿となり人をして堪へ難く思はしむるに外なかる可し左れば今後は時勢の進歩に鑑み成る可く邦人をして新事業に當らしむるを旨とす可きに付ては差向き鐵道用材の如きイヅレ遠からず鐵道大工事に着手することなる可ければ其等の購買を贐として我商人が進歩の門出を祝し其行色を壮んにせんことを冀望する者なり