「政略一新」
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時事新報に掲載された「政略一新」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政略一新
「うしと見しよそ今は戀しき」とは昨今百人一首の歌牌に聞く所にして其意を演繹すれば洵に浮世に於ける諸諸の人情を能くも穿ち得たるものと云ふ可し抑も人間は進歩的の動物にして常に現在の有樣に滿足せず滿足せざるが故に次第に開明に赴くことなれども新を求めて意の如くならざれば或は逆流して舊を慕ふの波瀾を起し憂しと見しよも却て戀しき思ひをなすは要するに變化を好むの情に非ざるはなし若し夫れ世海に航して人情の舵を取る者が其妙用を解せずして因循姑息を事とせんか變化を好むの情は一轉して改革を望むの念となり再轉して破壊を喜ぶの心となる史を讀む者の常に記臆する所にして往々その秩序なきを譏ると雖も一方より見れば寧ろ舵手の不敏不斷に由るもの多きが如し事の公私大小に論なく深く注意す可き所のものなり今近く之を我政治社會に徴するに前内閣の時代に當てや武斷政治の兆候などとて隨分非難の聲高きと共に當時世外に逍遥して風月に吟詠したる現内閣員は隱々の間に評判甚だ宜しく立憲的の政事家は某々なりとて其出でゝ局に當るを希望したる程なりしが就任以來別に事替りたる政策もなく議會開設前は無為消極等の噂のみにして恰も秘密を守り開設後は地價修正の議案を提出したる外すべての動作敢て人心を爽ならしむるものもなければ曩の好評も漸く調を低くするに隨ひ曾て非難を加へたる前内閣を回顧して近頃は其眞誠を賞し其大膽を賞し又或は突進して責任内閣の實行を急ぐ者もなきにあらず葢し前内閣を云ひ現内閣と云ひ〓〓責任内閣と云ふ實際の長短能否は孰れをソレと判斷するに及ばず兎も角も現在するものゝ非を鳴して却て過去を追想し〓〓を希望するの常情に外ならざれば斯る塲合に際しては〓〓とて因循〓〓〓〓〓〓に人の〓先を新たにするの工風こそ肝要なる可し扨その工風を如何と云ふに徒に一法を出だし一令を布きたればとて未だ目的を達するに足らずツマリ官邊の地位の更迭こそ最も人目を惹くことなれば第一策は責任内閣の實行に如かざるが如くなれども是は現内閣の策にあらざるのみか抑も亦所謂變化にあらず改革に非ず寧ろ破壊に近ければ暫く擱き我輩が前號に述べたる如く知事その他梢々顯要の地位を占むる老物を淘汰して代ふるに民間活溌の有力者を以てしたらんには一事民情を新にして物論を緩和し假令ひ不幸にして内閣更迭することあるも再び人をして憂しと見し世を慕はしむるの便宜ともなる可し元來現政府の當局者が此回を以て政事舞臺の千秋樂と思ふは非なり否必ずや一たび倒るゝも再び起つの勇あるに相違なかる可ければ其政策も亦常に再び起つの用意を忘れざるこそ大切なれ地價修正案の提出は果して此旨に適へるや否や我輩は寧ろ老物淘汰の有効なるを勸告する者なり聞く所によれば井上伯の内務に任ずるや干渉知事の處分と共に大に此邊に見る所ありしに伊藤伯負傷の變によりて總理を代理し爲めに匆忙遑あらず以て今日に至りたりといふ盖し老物淘汰と一口に申せども政府部内の情實に立入りたらば決して容易のことにあらず其未だ斷行を見ざる所以のものは匆忙遑あらざるが故に非ずして却て情實の纏綿に苦むものならんか然りと雖も今日は決して躊躇遷延す可き時機にあらず况んや新年人心の釋然たる折柄調和を策する最も妙なるに於てをや又况んや情實は早晩破らざる可らざるに於てをや「なからへはまたこの頃やしのはれん」後日に至り却てますます不如意の域に沈淪せんことを惜むものなり