「朝決暮改、政府の任」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「朝決暮改、政府の任」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

朝決暮改、政府の任

鐵道敷設法の實行に付き其筋の調査も漸く整ひ鐵道會議も頻に取急ぎて程なく帝國議會の討議に付せられんとするの折柄衆議院議員中に右敷設法修正の意見を有する代議士ありて此程鐵道敷設法修正同盟會と云へる新團體を組織し同法の第一期線なる九線路の外に岩越線、篠ノ井線、飛騨線、濱田線、四國線、鹿兒嶋線、大分線の七線を加へ工事期限を二十ケ年として公債額を一億圓となすに決し不日議會に提起す可しと云ふ抑も第三期議會に於て敷設法の可決せらるゝや未だ充分の審議を盡さずして兎も角も通過せしめたるに相違なければ之が修正を要するの箇條葢し少なからざる可きのみか我輩をして更に一歩を進めて言はしむれば法の精神を一變するか若くは之を全廢して軍用を商用に改め官設を私設となすに就ても大に議論のあることなれども其可否得失は暫く擱き前案未だ歸する所を知らざる最中に又新案の出現とは人の耳目を驚かすのみか帝國議會の威信に於て如何と餘處ながら掛念する所なり敷設法第七條の末項を見れば成程「以上線路の外に尚敷設の急を要す可しと認るものあるときは帝國議會の協賛を經て更に第一期工事とし特に公債を募集することを得」とあり曩に前案可決のときに或は此條項を頼み來期に修正の見込もあればとて異論者も枉て同意したる邊もありたらん歟なれども成法の正面より見れば所謂敷設の急とは何か一種事替りたる事情なかる可らざることにして本來容易の談にあらず若し此筆法を以て修正の理由となすことを得ば次には又他の線路を糾合して再び修正せざる可らざるを論じ殆んど際限なきことゝなる可し或は規定の第一期線を變換するに非ず唯更に七線路を增すのみなれば別に差支なかる可しと云ふと雖も敷設法發布以來急ぎに急ぎて調査に着手せしも尚未だ完整に至らずして當期議會の間に合はざらんを氣遣ふ程の次第なるに今また新たに七線路を加へたらば所詮今年を空ふするの外なきや言はずして明なり論者果して既定の第一期線を變換するに非ずとせば既定の分だけは一日も早く着手せしめ而して七線路の調査をば來る第五期議會までに仕上げんことを約束して可なり飽までも之を既定の分に混入して全體を攪擾せんとするに至りては餘りに自説を主張するに過ぎて却て事を破るに等しきのみならず物論喋々の世の中、端なく人をして其論者が撰擧區に對する一種の感情義理に過ぎざることと疑はしむるも亦自から無理ならざるが如し况んや公債額を增して一億となすが如きに於てをや果して國家經濟の實際を熟察して算を立たることなるや否や我輩の尚ほ疑を存する所なり我國會は開設以來不幸にして動もすれば實着を欠き爲めに世の口善惡なき者をして空論の府とまで惡評せしむるに至りたることなれば實は議員相戒めて之を雪ぐの注意こそ大切なるに曩に折角國家經濟の要件として鐵道敷設法を可決したるにも拘はらず今また之を攪擾せんとするに於ては愈々彼の惡評を實ならしめ國會の威信を傷くること決して容易ならざる可し我輩の敢て取らざる所にして議員諸氏の省慮を望むや切なり

政府の任

右の如く鐵道敷設法修正同盟會は其中心原動力の何れに在るやを知らざれども各地方の七路線を撰抜して第一期工事の候補線となしたれば議員中の賛成も定めて少なからざる可く法の始末漸く紛亂に瀕むものと云ふ可し抑も同法の可決は第三期議會をして再度の解散を免がれしめたる程のものにして前政府が曾て畢生の力を注ぎたる所なれば曩に内閣更迭の變なかりせば敷設法の今日に際したるを見て政府は決して袖手傍觀せざる可し然るに現内閣は之に對して敢て重きを置くの色も見えず唯議會の爲す所に一任するが如しとは葢し責任の直接ならざるに由ることならんと雖も可ともせず否ともせず曖昧の間に冷遇するは多數人民の最も好まざる所なれば此邊に就て今少しく熱心ならんことを希望すると共に敷設法の第一期線の中には比較線等も少なからざれば此點に就ては我輩の曾て論じたる如く軍用を輕んじ商用を重んじて一日も其成功の速ならんを希望するものなり且つ今日に當りて鐵道敷設の責任は政府と議會とに於て免る可らざる所なるに其議會は往々地方的の感情に制せられ甚だしきは將に成らんとするの事業を攪擾するの極に陥り紛々の間に年又年を空くして文明機關の發達を妨ぐるものゝ如し想ふに代議士の地方に對する情實を酌量すれば亦自から止むを得ざる邊もあらん歟なれども左りとは私情の爲めに公事を弄ぶものにして本來政道の旨に非ず此際政府は更に一層注意を加へ事の未然に流弊を防遏す可きは實に必要の任務なる可し政務の敏活を欠くは立憲代議政治の通弊とは云ふものゝ成る可く其通弊を避くるの工風は是れ亦立憲政治家の要義に非ずや我輩は政府が實論を實行するに付て飽までも屹然たらんことを祈る者なり