「民黨の過激は掛念するに足らず」
このページについて
時事新報に掲載された「民黨の過激は掛念するに足らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
民黨の過激は掛念するに足らず
官民の軋轢は我國年來の宿弊にして殊に〓頃は一層その熱度を高め是れが爲め屡ば議會と政府との衝突を惹〓し行政の區域は次第に狭められて今日の所、政府は殆んど何等の政策をも實行すること能わざる有樣なるは國家の爲めに取りて不幸の至なれば當局者は一日も早く此粉〓を一掃して調和の工風なかる可からずとは我輩の兼て主張する所にして即ち其一手段には或は政府が大に人物登用の門戸を開て他の功名心を滿足せしむる策を取り時宜に由りては反對の政黨中にて〓々の聞ある人々をば〓要の地位に容れて所謂聯立内閣を組織するも調和の〓なる可しとの次第を〓べたることありしかども政府の執る所は中々固くして容易に動く可きに非ず蓋し當局の身と爲りて考れば今日の民黨と稱する政客は其言論擧動如何にも〓激粗暴にして殆んど破壊黨に類する者共なれば此輩をして直接に政事に〓らしめんには夫れこそ如何なる亂暴無法を働くや知る可からず誠に危險の至なりとて唯一筋に其急激主義に恐を抱き成る丈け之を〓づけざる策を講ずるものにてもあらんか若しも然らんには聊か鑑定〓の意味なきにあらず今の在野の政客は其言行常に謹〓ならず着實老成の一點に於て政府の當路者に比して〓に及ばざる所あるは事實に爭う可からずと雖も本來政府と民黨との間に斯の如く温和急激の相〓ある所以のものは畢竟するに官民の人物に等差あるが爲めに非ずして寧ろ其地位境〓の異なるが故なりと認めざるを得ず即ち官〓に在る人は〓に其目的とする所の權力榮譽を得て之に滿足する者なれば此上は唯何時までも永く其地位を維持して名利を全うせんと欲する外に餘念なく隨て其気風〓情も自から〓守に傾き都て事を行うに着實を主とする心も生ずる其反對に民黨の政客には地位もなく權力もなく榮譽もなく身邊無一物にして唯胸中に靑雲の志あるのみ其目的とする所は政府を倒して之に附着する權勢名利を乗取るに在り首尾よく乗取りたる上にて始めて〓く國家經論の大策を施す〓にも至る可きなれども差向きの所にては只當路者を苦しめて現在の地位より〓落さんとする一念のみなれば其議論の無責任にして擧動の亂暴なるは固より怪むに足らず此風の事例は立憲國の常態にして歐米何れの國に於ても然らざるはなし政府は着實主義を取り反對黨は急激主義を取ること一般の例なるが如し西洋諸國にては政黨の流行盛にして苟も政治に喙容るゝ者は大概皆何黨かに属する常なれども〓來は其政黨の性質次第に曖昧のものと爲り同一の政黨に加名する人なりとて悉皆同一の意見を持するに非ず又常に相敵〓して水火も〓ならざる正反對の政黨に属する二人の政治家にして其主張する所の議論は却て甚だ相似たる例も少なしとせず左れば保守黨と稱するもの必ずしも保守主義を奉ぜず〓取黨又必ずしも〓取ならず同一の政黨にして時と塲合とに由り或は保守となり或は急〓となることさえあるが故に唯政黨の名のみを聞て是れば如何なる性質の黨派ならん歟と其斷定を下すは甚だ困難なれども獨り判然爭う可からざるは在朝黨と在野黨の區別にして如何なる急〓〓激の政黨も一度び政權を掌握すれば則ち其日より俄に老成着實の風を帶びて復た昨日の暴論を口にせざる其代に今まで政府に在て温和〓を主張したる者の一派は政權を失うと共に豹變して劇烈の論客となり専ら政府の攻撃に從事するは世界中何れの國に於ても免がる可からざる政治上の順序なりと知る可し西洋の學者の説に今日世界各國に行わるゝ政黨の名稱は都て之を癈して其代に在朝黨と在野黨との二名稱を用いたらんには各政黨の性質を知るに就て大に便利ならんと云いしも即ち右の事實を示したるものにして甚だ味ある言なり左れば今日民黨の政客が政府に反對して粗暴無責任の言行を恣にするは唯在野黨なるが爲めにして若しも明日にも之に政權を授けて在朝黨となすときは必ず其調子を改めて温和着實の方向に傾くは疑う可からず現に今の政府に居て専ら治安を重んずる人々と雖も幕府の末年には最も劇烈なる議論を唱え時の政府を攻撃したる〓士の〓中にして亂暴〓藉至らざるなく當時の〓會に持ちて餘されたる人物に非ずや當路者にして若しも自から自身の經歴を顧みて三十年前の昔を〓想したらば或は思〓に〓ることあらん今の民黨を目するに破壊黨の名を以てして之を〓づけざるは〓徃に於ける自家の境〓を忘却したる者と云う可し