「古に鑑みて今を省みよ」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「古に鑑みて今を省みよ」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

古に鑑みて今を省みよ

古來天下の政局に當りて一世の人望を博し後世に至るまで明君賢相の名を得たる人々の事業を見るに其一身上に就ては言ふ所と行ふ所と相反するのみならず其行ふ所と雖も同時に相表裡することさへなきに非ず若しも人と人との關係として論ずるときは自から欺き他を欺くものにして沙汰の限りなれども世間の人は單に之を咎めざるのみか其行の反すれば反するほど益す益す其德を慕ふて之に服するは何ぞや盖し社會人智の程度一樣ならざるは俗に云ふ明目千人盲目千人の譬も啻ならず同じ明目の中にも視力の鋭きものもあれば鈍きものもあり又盲目の中にも感の善きものもあれば惡しきものもあり其幾千萬人の明盲を相手にして其心を失はざるは即ち政治家の事にして而して此微妙なる機關を操釣るは單に一人の手心に存するものとすれば言論行爲の同一に出づるは素より望む可きに非ず彼の英雄人を欺くとの言は畢竟この邊の案排を言ひ現はしたるものならん人を欺くと云へば辭の意味も穩かならずして甚だ聞苦しけれども古來明君賢相の事蹟に就て天下經世の術を吟味するときは果して思ひ半に過ぐることある可し例へば水戸の義公の如き家康將軍以後德川の治世三百年の間に空前絶後の豪傑として誰れ一人肩を並ぶる者なきは世間の公論に許す所にして我輩に於ても推服する所の人物なるが扨その事業は如何と云ふに日本の歴史を編纂し君臣の大義名分を明にしたる等、當時の大業偉略一にして足らざれども天下一般の人をして其德風を仰ぎ明君なり仁君なりとて感服せしめたるは一身に儉約を守りたる一事にして彼の有名なる西山の別荘の如き退隱後の隱處とは云ひながら衡門茅屋、尋常百姓の家に異ならずして三十五萬石の提封を擁し然かも御三家の一たる高貴の身分を以て斯る陋居に安んじたりとは其儉德思ひ見る可くして今世の人と雖も遇ま遺蹟を訪ふものは自から粛然畏敬の情なきを得ず况して當時に於ける藩臣領民の輩にして親しく其有樣を目撃したるものは只管恐れ入りて益す益す君恩の有難きに感泣したることならん其儉德は啻に藩内の臣民を泣かしめたるのみならず今日に至るまでも天下一般に賞贊する所なれども公の能事は是れにて終りたるやと云ふに決して然らず府下小石川なる水戸藩邸内の後樂園は江戸第一の景勝にして三百諸侯多しと雖も斯の如き壮大なる庭園を有するものは盖し稀なる可し而して其庭園は實に公が明人朱舜水の意匠に由りて經營せしめたるものなりと云ふ西山の質樸、後樂園の壯觀、兩々合い對して等しく公の計畫に出でたりとは其行ふ所甚だ相反して一見、奇なるが如くなれども一藩の主人として治下の士民に臨むと天下の副將軍として四方の人傑貴紳に接するとは其心を用ふる自から別ならざるを得ず其別を知りて擧動を異にしたるは即ち公の公たる所以にして三百年間、空前絶後の名を専にしたるも偶然に非ざるなり獨り義公のみならず乃祖家康公の如きも德川の家風として質素儉約の一義に於ては最も心を用ひ既に將軍の職に就て天下の政權を掌握したる後と雖も衣服膳部都て粗末にして常に古足袋を棄てずして之を近臣に頒ち又は自から用ひたりと云ふ其注意の細なるに反し彼の名古屋城を經營するに當りては一双の金の鯱鉾を天主閣上に輝かして天下の耳目を驚かしたり又江戸城の如き一見したる處にて別に奇巧の觀はなけれ共或る學者の節に據れば幾十町四方なる面積内に人力を費して石を集めたる其石の多きは古今無比にして此一點に於ては世界に有名なる萬里の長城、埃及の三角塔も遠く及ばざる所なりと云ふ誠に辻褄の合はぬ談にして小兒の戯に似たれども戯と知りつゝ尚ほ之を行ふ英雄の心事自から餘裕あるを見る可し

顧みて今の政局に當る老政客の擧動を見るに啻に言行一致のみならず其行に就ても陰陽表裡の別あることなし心事の潔白單一なるを示すものにして君子の爲に恥ぢざるは我輩の感服する所なれども唯夫れ潔白單一なるが故に社會複雜の人心に投ずること能はずして君子の行も却て衆人の感服を得ざるが如し例へば衣食住の事にしても内外表裡の別を分たずして徒に奢侈贅沢の實を世間に表し又爵位勲等の如き朝廷の禮遇に關する特典を公私共に通じて一般の社會に其光を輝かすなど一身の行としては終始一貫内外一致、自から省みて疚しからざることならんと雖も社會の衆心には唯羨望の情を起すのみにして他をして泣かしむるの妙處なきを如何せん單に一君子の行として見れば正直一偏他を顧みざるも左ることなれども苟も政治家たる人人が自から之に安んじて怪まずとは其心事の餘り單一なるに驚かざるを得ず政海の形勢は古今に異なり三百年前に人を泣かしめたる義公家康公の行爲を其儘にして文明社會の今日に演ぜしめんとするは素より不通の談なれとも羨んでは則ち憤り感じては則ち泣くの人情は昔も今も更らずして然かも一般の多數は情に脆くして折れ易きの常なるを知らば今の政治家たるものも及ばずながら兩豪傑の面影なりと幻に模し得て強ち人を泣かしめざるまでも責めては人をして羨ましめざるの手心を肝要なれ我輩は敢て多を望むに非ず唯浮世の政治家をして餘りに世情に反するの行なからんことを勸告するものなり