「行政整理調査委員」
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時事新報に掲載された「行政整理調査委員」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
行政整理調査委員
本日の紙上に記したる如く政府にては今回内閣及び各省より各一人を擧げて都合十人の同委員を命じたるに付ては右の委員は行政の各部に就き長短輕重宜しきに隨て調査を遂げ其調査の結果は政府の改革と爲りて實際に發表することならん行政の整理と云へば何か込入りたる事抦の如くなれども取りも直さず政府の改革を行ふことにして詰り冗員を減じ冗費を省くの二事に過ぎず別に面倒の事にも非ざる可しと雖も實際に然らざるは何ぞや盖し政府部内に所謂情實の行はるゝは數年來のことにして其情實こそ即ち冗員冗費の源因なれば情實を其儘にして單に冗員冗費を除くことは到底望む可らず従來の有樣を見るに政府が情實の爲めに人を任用するときは其人は實際無能のものにても友人の情誼として之を罷むるに忍びず即ち冗員を見るの原因にして既に人を用ふるときは假令ひ冗員にても之を給するに俸金を以てせざる可らず即ち其結果として茲に冗費を生ぜざるを得ず冗員冗費は互に因果を爲して相伴ふのみならず其冗員が無事閑散に苦しみ政府の部内に事を求め又これを企る其結果の外に顯はるゝものは即ち繁文と爲り新事業と爲りてますます無益に人民を煩はし無益に政費を增すは年來の常態にして甚だしきは人の爲めに官を設けたる例さへなきに非ず彼の元老院の如きは今は既に廢されたれども其設置は老朽の老物を養ふが爲めに外ならずして冗員冗費の最も著しきものと云はざるを得ず左れば其情實こそ政府の身中に宿る百病の根源にして冗員冗費も病候の一に外ならざれば其根源を治せずして病を驅るは難かる可し政府の當局者が今度の改革を思ひ立つに當り本來の大眼目は唯政府の權力を維持して政を行ふの一事に在りと觀念して此一事の爲めには眼を瞑し情を殺して年來の情實を一掃するの覺悟ありや否や果して其覺悟さへあれば改革の前途も賴みなきに非ざれども我輩の見る所にて其覺悟も覺束なしと思はるゝは論より證據、今度の委員の任命に在り政府の當局には大臣あり又次官あり行政の調査整理は尋常一樣の政務のみ其人々こそ自から責任を負ふて斷行す可き筈なるに其責任者の外に故さらに委員を出したるは即ち情實の本色を顯はしたるのみならず又その委員十名の中に就て見るも自から情實内の人なきを期す可らず情實の大臣が情實の委員を命じ以て情實を驅らんとするは到底望む可らざることにして其調査の結果も自から知るに足る可し左れば調査委員の設けも之を其設けなきに比すれば幾分の效能あるは疑ふ可らずと雖も之に望むに上々の結果を以てするは不可なり中を望む尚ほ未可なり恐らくは中の下を以てして漸く失望を免るゝに近からんかなれども是れとても我輩の慥に保證すること能はざる所なり要するに政府の情態は前述の次第にして一回の調査ぐらゐにて效を見る可きに非ず明年も明々年も又その明年も手を代へ品を代へて幾回も調査を遂げ次第に薄皮を剥ぐが如くにして始めて目的を達す可きのみ故に我輩は今回の調査委員に對して毫も多を望まず世人と共に氣を永くして其效を數年の後に期せんと欲する者なり