「日本の金利」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「日本の金利」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本の金利

米國の外資が目下十億弗の巨額に達したることは此程の雜報に見えたる所なれども尚ほ精密の計算を遂ぐれば外資は遠く其上に超過したりと云ふ米國に資本の豐なるは此一事にても想像するに難からず然るに資本の豐なる此米國に於て金利の割合如何と云ふに今日の日本に比して案外にも安利ならず左の金利表を見て知るべし

     法律によりて公認さ 双方の契約に依て成     れたる金利の歩合  し得べき金利の歩合           割分厘   割分厘

 アラバマ       八〇    八〇

 アルカンサス     六〇   一〇〇

 アリゾナ       七〇   制限なし

 カリホルニア     七〇   制限なし

 コロラド       八〇   制限なし

 コンネチカツト    六〇   制限なし

 デラウエアー     六〇    六〇

 コロンビア      六〇   一〇〇

 フロリダ       八〇   一〇〇

 ジヨージア      七〇    八〇

 アイダホ      一〇〇   一八〇

 イリノア       五〇    七〇

 インヂアナ      六〇    八〇

 アイオワ       六〇    八〇

 カンサス       六〇   一〇〇

 ケンタツキー     六〇    六〇

 ルイジアナ      五〇    八〇

 メーン        六〇   制限なし

 メーリーランド    六〇    六〇

 マツサチユーセツト  六〇   制限なし

 ミシガン       六〇    八〇

 ミンネソタ      七〇   一〇〇

 ミスシツピー     六〇   一〇〇

 ミスソーリー     六〇    八〇

 モンタナ       七〇   制限なし

 ネブラスカ      七〇   一〇〇

 ネバダ        七〇   制限なし

 ニユーハンプシエヤー 六〇    六〇

 ニユージヤーシー   六〇    六〇

 ニユーメキシコ    六〇   一二〇

 ニユーヨーク     六〇    六〇

 ノースカロライナ   六〇    八〇

 ノースダコタ     七〇   一二〇

 オハヨ        六〇    八〇

 オークラホマ     七〇   一二〇

 オレゴン       八〇   一〇〇

 ペンシルバニア    六〇    六〇

 ロードアイランド   六〇   制限なし

 サウス カロライナ  七〇    八〇

 サウス ダコタ    七〇   一二〇

 テンネツシー     六〇    六〇

 テクサス       八〇   一〇〇

 ユータ        八〇   制限なし

 バーモント      六〇    六〇

 バージニア      六〇    六〇

 ワシントン     一〇〇   制限なし

 ウエストバージニア  六〇   一〇〇

 ウイスコンシン    七〇   一〇〇

 ワイオミング    一二〇   制限なし

右の表に據れば年五分の利子は僅にイリノイ及びルイジアナの兩州のみにして他は何れも六分以上ならざるなく紐育の如き米國中心の場所にても亦六分の定めにして高きは一割より一割二分もあり双方の契約に依て効力を有する金利に至ては一割以上を越ゆるもの珍しからず右は法律上の金利なれども實際の貸借に至ては之より以下に貸すものなく紐育、ボストンの如きも通常六分にして時に一割以上の利子を聞くことなきにあらず之より西部諸州に移るに隨ひ金利愈愈高くして八分より一割、一割より二分三分と進み行きて商賣上の金利と雖も决して安からず高利貸に至ては只驚くの外なし例へば質屋の如きは法律上三割を越ゆべからずとの制限あれども實際は此制限に從ふものなく定めの利子の外に手數料の名を以て徴收し備付の家具などを典せんとするときは幾割の利を拂ふ外に一ケ月一割の手數料を取上けて一年十二割以上に達するものあれば日本の高利貸などは更らに驚くに足らず穀物市塲などにては一時間幾割と云ふ刻付の金利さへありと云ふ高利貸は特別の事として普通預金の利子も甚だ安からず大抵は貸附歩合の一分引にて預かるを常とすれども商賣地方に預金は至て少なく苟も餘裕あれば之を商業に投じて金を寢せ置くものなし米國に金利の高くして商業の活溌なるは故なきにあらざるなり飜て我國金利の實况を見るに近來市塲の金融は益益緩にして金利下落の大勢滔滔底止する所を知らず此勢を以て進めば或は米國よりも安利國となるやも計る可からざれ共數年前迄は高利國として知られたる我國が僅僅の歳月間に此豹變は奇なりと云ふべし或は此變動の原因を求れば近年爲替相塲の下落に從て銀貨の流入も與りて大に力あることならん又國内に金融疎通の便利を増したるも其一原因ならん又貸附金の方法も從來は總て高利貸の風を免かれず多少の危險を冒して融通を與へたるが故に勢ひ高利を貪るの止むを得ざる次第なりしも近來は漸く信用(寧ろ抵當)に重きを置て貸借することなれば其危險の薄き割合に利子の低落も自から故なきにあらざれども經濟自然の約定に於て金利の高低は資本の多寡に伴ふものなりとすれば米國と我國との資本を比較して我國が米國よりも安利國たるべからざることは明白なる可し其他金融機關の發達、信用の普及に付ても近年我國の進歩見るべきものなきに非ざれども之を米國に比すれば未だ及ばざること遠しと云はざるを得ず今後は知らず今日直に米國よりも安利國たらんことは到底望む可らざる所なるに事の實際に於ては則ち然らず誠に不思議の現象なれども一歩を進めて我開國以來の事情を考れば自から理由の存するものあるが如し即ち我輩は此現象を以て資本と實業と相投ずること能はざるの罪に歸せんと欲するものなり我國の實業は不幸にも學者士君子の爲めに度外視せられて文明の時勢に後れたること甚だしく、興すべき事業尠なからざれども資本は都て無學なる富豪の手裏に歸して容易に手放さざるが故に天下の人心漸く實業に向ひたる今日にても心に思ふのみにして之に實力を假す者少なし富豪必ずしも事を起すの勇なきにあらず射利の熱心は壯者に讓るなしと雖も如何せん今後起すべき事業は文明の新事業にして古風なる老輩の企て得べき所にあらず之を知らざるは之を恐るるの本にして萬事都て引込思案となり先づ先づ公債か手堅き株券に放資するの安全なるに如かずとて新事業と云へば殆んど蛇蝎視して顧みざることなれば資本は活溌なる實業社會と益益縁を薄くして運動の區域を縮少し遊金いよいよ増加して金利いよいよ下落するは自然の數なりと云はざるを得ず若しも此資本が實業に密着して新事業の茲に振起したらんには我國の資本は寧ろ不足を感ずることこそあれ今日の如き緩慢を見ることなきは萬萬保證する所なり今試に其新事業を求れば滿目遺利あらざるはなし化學器械學の進歩は製造發達の機を促すものにして技師に人あり職工も亦次第に事に慣れ何を企てて成らざるものあらんや目下漸く緒に就きたる製絲紡績セメント等の事業を外にしても陶器の事あり酒造の事あり製油の事あり製藥の事あり或は紡績の事既に成る上は進んで大に綿布を織る可し砂糖の輸入斯くまでに盛なれば粗質を入れて精製の法もある可し鑛山の事業も所謂山師の事として擯斥するの理由はある可らず北海道は扨置き近く奧羽の地方にも多望の未開地少なからず外に向て航海の業を起さんとすれば啻に日本の輸出入のみならず他國と他國との間に往來しても利する所ある可しいよいよ内國に資本の餘りて金利の低落することあらば之を外國に持出して運轉するの法もある可し尚ほ之よりも眼前に利益の遺られたるものは生絲商賣の不注意是れなり其輸出は年年歳歳増加して本年は十二萬梱を出す可しとの豫算を示し尚ほ進んで底止する所を知らず明治二十三年までは日本の輸出額二百一萬八千基にして伊太利に及ばざること百萬基なしりかども今日の勢を以て進むときは數年の中に伊太利をも凌駕して世界の市塲に日本絲の名を專にす可きは萬萬疑を容れざる所にして日本こそ世界第一の生絲國なるに然るに其生絲國の實際を見れば何千萬圓の商賣品を横濱に在る五六の賣込問屋に任して唯外商の鼻息を窺ふのみ各地の製絲家又は絲商人も大抵は金融に迫られて商賣を持張するに由なく一年の絲を一年中に賣盡して僅に事業を繼續する者多しと云ふ以上は唯我輩が思付きのままを記したるまでにして尚ほ詮索を廣くしたらんには工商社會到る處に無限の事業あるを見る可し何れも資本を要する事■(てへん+「丙」)にして唯これに資本をさへ投すれば利益は疑ふ可きに非ず誰れか日本の資本を多しと云ふ我輩は其足らざるを憂る者なり一言これを評すれば今の資本家は實業に手を出すの勇なく抵當貸の一方を專務として恰も質屋を學び金融社會は無數の質屋のみにして取る可き質物の少なきに窮するものなり之を名けて金融緩慢と稱するのみ然りと雖も人情の利に走るは水の低きに就くが如し今の資本の閑却しながら實業に結合するを得ざるは水の逆流するに異ならず質屋の老翁豈久しきに堪ふ可けんや早晩一日その結合の端を開て金融の繁忙を告げ隨て利率の上る可きは我輩の敢て保證する所なり