「・器械力と筋力」
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時事新報に掲載された「・器械力と筋力」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
・器械力と筋力
Machinery and Muscle
(三月十七日ボストン ヘラルド)
數日前に出版したるペンシルヴエニア鐵道會社の千八百九十二年の報告書を見るに其運搬貨物の多きと又運賃の廉なるとは實に驚嘆の外なし思ふに此二つの點に於ては世界中に恐らくはペン鐵道の右に出るものなかる可し昨年中該鐵道の運搬せし貨物の重量は實に一億四千百三十七萬千八百四十六噸にして其平均の運搬噸數は九十五、一八噸なりと云へば詰り百三十四億五千七百三萬七千三百六十六噸の貨物を一哩運搬せしに異ならず而して右貨物の運賃は一噸一哩に付き平均僅に〇、六二六仙に過ぎざりしと云ふ
然るに茲に前記ペン鐵道の報告と比較して實に甚だしき相違を表はすものは即ちスタンレー氏の起稿にして今月のハーパ―雜誌に掲載せる「亞非利加の奴隸商賣」と題する一編の中に記したるコンゴ地方に於ける運送の有樣なり同地方にて運搬の器械たるものは飛脚人足にして彼等は平均一人の肩に六十封度乃至七十封度(即ち我七八貫目)の荷物を附けてスタンレープールよりマダヂまで二百三十哩の距離をは十五日乃至二十日閒に歩行し其運搬賃として一人に付き代價凡そ一ポンドに相當する品物を得るの例なりと云ふ
ペン鐵道會社の報告書とスタンレー氏の寄書とは我輩をして陸上運送業の最も進歩せるものと最も幼稚なるものとを相竝べて比較するの機會を得せしむるものと云ふ可し蓋しコンゴ地方の飛脚人足は單に人閒の筋力を以て貨物を運送する仕組の中にては最も發達したるものにして又ペン鐵道は器械力運送法の最も發達したるものなれば我輩は今更爰に細かに兩者を比較して近時文明社會の運送業が如何なる程度にまで進歩せしかを示さんと欲するものなり
若しもスタンレー氏の云ふ如く亞非利加の人足の最も速き者が二百三十哩を歩行するに十五日を要するとすれば一日の速力は十五哩と三分一なり而して其の最重の荷物は七十封度なりと云へば彼れ等は一日に千七十三封度を一哩動かすものなり今假にこの人足が毎日續て同樣の仕事を爲し得るものと看倣すときは一年閒に百九十五、八二噸の貨物を一哩運搬し得べき筈なり此割合に基づき是等の人足をしてペン鐵道の一年閒の運送業を爲さしむるには幾人を要するや容易に勘定するを得べし即ち其人數は六千八百七十二萬千四百六十五人なり左れば假令ひ米國中の男女老幼をして悉く屈強の人足たらしむるも其總勢は一年閒にペン鐵道が昨年中に爲したる丈の仕事を爲す能はざるの勘定なりと知る可し
今一つ爰に注意すべきことは運賃の比較なりコンゴ地方の飛脚は十五日閒の仕事に一ポンド(即ち米價四弗八十六仙百分の六十五)を得るの例なりと云へば其一日の賃金は三十二、四四仙となる可し此割合に據れば人足を以てマタヂよりスタンレープールまで二百三十哩の閒一噸の荷物を運ぶに百三十九弗四仙を要する筈なれども之に反してペン鐵道の運賃は前にも記したる如く一噸一哩に付き〇、六二仙なれば二百三十哩の運賃は僅に一弗四十四仙に過ぎざる可し右の如く貨物の運送に人力を用ふるは器械力を用ふるに比して凡そ九十六倍、餘計の入費を要すること事實に明白なり左れば今ペン鐵道が昨年中に百三十四億餘噸の貨物を一噸一哩〇、六二六仙の割合にて運搬せし其運賃は八千四百二十四萬一千五十二弗にして隨分の巨額なれども若しも右の貨物を運送するに人足のみの力を以てせんには運賃の總額實に八十一億三千六百六十二萬千四百五十六弗となる可し即ち米國にては器械力を使用するが爲めに僅か一年閒一鐵道の營業上に於ても八十億弗餘の利益を受けつゝあるものと謂はざるを得ず是れ等の事實を見れば米國人が非常に富み榮え亜非利加人が見る蔭もなく貧乏なるは毫も怪むに足らざるなり