「・煙草税制に對する意見」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「・煙草税制に對する意見」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・煙草税制に對する意見

左の一編は煙草税に關して東京商業會議所員某氏の意見を記したるものなり會議所の主張する所は必ずしも内國煙草の税率を低減せんとするに非ず唯輸入の海關税と權衡を得せしめんとするの趣意なれば内國の税を低くする代りに輸入税を高くして内外兩者相互に負擔を同ふすれば之に滿足す可しと云ふ我輩の固より贊成する所なり依て全文を掲げて社説に代ふ

時事新報記者

從來我製造煙草は現行税則に據り其定價十分の二の印紙税を賦課せられたるに今や之を十分の三に增率せんとするの難ありとのことなれども吾々の審案する所に依れば其增税の不可なるは勿論、現行の税率も改訂を要する理由あることを信するものなり

煙草は人生の必要品と謂ふばからざるが故に財政の必要に因り之に高税を課するは強ち不可なきのみか寧ろ一の好税源とも認むべきものなれども我國の今日に在て之に高税を課するは非なりとする特別の事情あり、

何ぞや海關税をして内國税に平衡を得せしめること能はざる事是なり煙草の産業は我國農業中の肝要なる一部分にして其消長は多數の生産者に影響することなれば其業の發達を害すべきものは務めて之を避けざる可からず然るに海關税權の獨立を得ざる今日に於て我製造煙草に重税を賦課せば其結果は外品の輸入を幇助して内國の製造を緊縮するに歸せざるを得ず其理由は左の二項に分て之を陳述すべし

第一 輸入煙草に對する點

第二 國産の刻煙草に對する點

   一、輸入煙草に對する税則の影響

近年輸入煙草の消長を觀るに左の如し

年次      紙 卷 煙 草    卷 煙 草   刻 製 煙 草   合 計

明治二十年   二二、六六九  七〇、〇五六  五七、〇八四  一四九、八〇九

同二十一年   三四、一五一  五四、三四六  六四、八二四   五三、三二一

同二十二年   六九、〇二一  六一、一三二  七九、九三三  二一〇、〇八六

同二十三年   九二、一三〇  六六、二九八  五六、三二四  二一四、七五二

同二十四年  一二九、五八七  五九、五四八  八四、〇一四  二七三、一四九

同廿五年 一月ヨリ

十一月迄

       一四六、六六五  五四、八〇八  六八、七九二  二七〇、二六五

煙草の輸入額は駸々として年に進むの勢あり而して其進みは主として紙卷煙草に在ること前表の如くなれば我煙草税制の影響を論するには紙卷煙草に於てするを適當なりとす而して輸入紙卷煙草は之を統計に徴する迄もなく主に米國製なること明白なれば米國製に付之を言はんに最も販路の廣きピンヘツド。ヲールド、ゴールドの如き品種は我國産中原料を撰びて製造を改良するときは幾んど之に類するものを製し得るの望みなきに非ず我國に於ける紙卷煙草の製造は日尚ほ淺くして熟練未だ進まずと雖とも其事業の發達を害するの事情なくんば外品の代用となりて其輸入を防制するの力ある可きに然るに明治二十一年七月以來内國製紙卷煙草は刻煙草と等しく定價十分の二の重税を賦課せられたるを以て大に其價格を昂め外品と充分の競爭を試み難きに及べり、何となれば内國税の高きに比し外品の輸入税(葉卷百斤に付七圓八十七錢五厘、嗅煙草百斤九圓四十五錢、煙草百斤五十六錢七厘、其他は從價五分)は頗る低廉なるを以て我原料、勞銀の安きに拘はらず我製品の賣價は彼に比し大に低廉ならざるを以て内國製の需用者をして外品の消費者に移らしめ勢いの趣く所は連に外品の輸入を增進するのみに傾きたるを以て我内國製造の發達は萎縮して輸入品をして我市場を壟斷せしめたり現に近來に於て紙卷煙草の輸入急進せるは素より舊來の日本煙草を廢して西洋煙草の香味を好むの流行に由來する所ありと雖も内國製が重税の爲めに其價格を昂進したるに由る所少きに非ず或は云ふ我内國製造の紙卷煙草は到底外品に摸するを得ざること既往に徴して知る可しと然れども重税の負擔あるが爲め勝敗の數明に我に不利なるを見ては競爭の勇氣を阻止するは人の常情なるが故に之が爲めに我紙卷煙草製造者の氣焔を挫き暗々裏に其改良進歩の機會を減却したること決して少なからず故に若し重税を減除し輸入税に平均するの低率に置き以て内地の生産を奬勵するの實を示さば大に我製品の價格を低減し外品と對峙して價格上より其競爭に當るを得べく、斯の如くにして漸く其販路を擴張するに隨ひ内地の製造者が競爭の熱心を強め其品質の改良に汲々たるに至らば時を積むに隨ひ其改良の功を全ふして品質の上に於いても幾んど外品に匹敵するに至るを得べく之を要するに大に外品の輸入を減ずる迄に至らずとも輸入增進の勢を挫折して我國産を以て其多分に代用することを得べきは決して過當の希望に非ざるを確信す、然るを計もし此に出でず此内外商利競爭の甚だしき今日に當り依然重税を課して顧みず若くは之を增すが如きことあらば輸入增進の勢は益々甚だしきを致すべし而して既に一旦國人の嗜好に深染するの後に至りて假令ひ其輸入を防遇せんとするも遂に効なからんことを恐るゝなり

   二、國産の刻煙草に對する税則の影響

以上は輸入煙草に對して言ふ處なれども尚ほ之より甚だしきものあり何ぞや外國に於て我刻煙草の製造を起さんとすること是なり

外國に於いて我刻み煙草を製造して之を輸入すれば内地に於て製造するよりも元價の低廉なるを得るの理由あり、他なし内國の製造には重税の負擔ありと雖も外國に於て製造すれば只僅少なる運賃、輸出入税等を負ふの外他の負擔なければなり、之を詳言すれば淸國上海の如き我國に接近して運送費用多からざるが上に尚ほ該地に於て煙草に課する關税は輸出入共我國の如く頗る低廉なる特殊の事情あるを以てなり故に内地の重税を免れんが爲め現行條約の不備を奇貨として我原料を仕入れ淸國上海に老いて之を刻煙草となすの策を取る者あらば之が爲めに要する關税、運賃其他を支拂ふも尚ほ内地の製造に於て印紙税を負擔するよりも元價を低廉ならしむることを得るを以て我正當なる製造業者を窘宿するの結果なきを得ず今左に其計算を表示して彼我損得の如何を明にすべし

  上海に於て刻煙草を製造し之を輸入する費用と内地(東京、橫濱)に老いて之を製す る費用との比較但し刻煙草百斤に付

                      上  海    内 地

  種 目                    圓       圓

原葉百六十斤の代價但し内地        一九、二〇〇      一九、二〇〇

相場一斤十二錢と見積り

右原葉百六十斤を卷玉に

爲す葉拵賃                 一、六〇〇       一、六〇〇

右卷玉百斤荷造費                

右卷玉百斤日本輸出税              一五〇

右橫濱より上海まで運賃             二三六

右百斤淸國輸入税                七五〇

右百斤刻上賃但百匁に付             二一〇

一錢八厘の割                二、八八〇       二、八八〇

右刻上ゲ百斤荷造費               二五〇         一五〇

右刻上ゲ百斤淸國輸出税             六三〇

上海より橫濱まで運賃            二、四〇〇

右刻上ゲ百斤日本輸入税             五六七

印紙税定價百匁に付

二十五錢の見積り                     二割税  八、〇〇〇

包裝百匁袋百六十枚の代                  三割税 一二、〇〇〇

(一枚八厘の見積り)                        一、二八〇

  計                 二八、八七三   二割税 三三、一一〇

                             三割税 三七、一一〇

印紙税二割なれば上海製                   

造の方安きこと                           四、二三七

印紙税三割なれば上海製造

の方安きこと                            八、二三七

  淸國に於ては一旦輸入したる原料を製造して之を輸出するときは品に依り其輸出入税 を免除することありと云ハば若し煙草の製造者にして其關税を免かるゝの機會なきに あらざるべしと云ふ

彼我得失の數斯の如し故に曩に本邦人にして支那人と共謀して上海に於て此製造業を始めんとしたるものありしが幸に實行に至らずして止みたれども外人の商利に敏なる夙に此に着眼して其外人の如きは既に上海に於て紙卷煙草の製造に從事するの傍ら日本の刻煙草機械を買入れ我職工を雇ひ我原料を以て我刻煙草製造を創始し我固有の煙草業を壓せんとするの計畫あり、現に近時其職工たるべきもの數名彼地に渡航したりと云へば早晩我刻煙草の上にも外來の競爭を受けんと必然にして假令ひ目下に其事を見ずと雖も苟も此事を行ふ可き道理ありとすれば何時其實行を見んもしる可からざるなり、故に早く此に對するの計を求めざる可からずと雖ども依然今の煙草税則を實行せば只に價格の上に於て外來の競爭に一歩を讓るのみならず外國の製品には印紙貼用の驥束なく隨て包裝をなすの必要なきにより自由に之を開包して其煙草の香味を試みしむる等需用者に對する便利の上に於ても我亦一歩を讓らざるを得ず勢ひ此に至らば外國製の刻煙草の爲めに我市場を蹂躙せらるゝの不幸なきこと能はず之を要するに輸入煙草に就ても又我刻煙草に就ても前陳の如き結果ある所以は輸入税をして内國税と平均を得せしむること能はざるに由るものなれば税權回復の後に於ては二割の税率を增加して三割に及ばしむるも財政の必要とあれば之を可とすべしと雖ども今日に於ては暫らく之を減除して以て外品の爲めに内國の製産を壓縮せらるゝの原因を去らざる可らず或は税源を失ふが故に之を減除すべからずと云ふと雖ども之が爲めに我主要なる農産物の一に數ふ可き煙草の産業を窘縮するも可なりとするの道理あるを見ざるなり故に現行の煙草税則は寧ろ之を輕減するか若くは現行の税率を減ずること能はずとせば他に方法を案して前術の弊害を防遇するの計を爲さゞる可からざるなり