「剰餘金と對外策」
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本文
剰餘金と對外策
前年來繰越ししたる國庫剰餘金は既に一千餘萬圓にして明年度にも亦剰餘を見る可く加ふ
るに行政整理の結果として更に多少の政費節減ある可ければ彼是一千數百萬圓のものは應
に有益の道に處分す可き未定の問題に係るものなり多年財政困難と聞えたる日本政府のこ
となれば各省互に此剰餘金の先取を競ふこと猶〓貧乏世帶に不時の入金を得て家族一同思
ひ思ひの要求をなすが如く或は北海道開拓費或は小学校費の補助、製鋼所設置なり監獄費
國庫支辨なり地價修正なり砲臺建築なり〓〓測量なり軍艦製造なり航路擴張なり轉た主人
をして其取捨に迷はしむるの有樣ならんなれども家計の要〓〓宜しく之を稼業の資本に用
ゐて身代上進の後徐ろに〓〓の要求を滿足せしむ可き筈にして一時姑息の快樂を買ふは終
生浮む瀬なき所以にこそあれば我國家の經營も亦この方針に從ひ區々の情實を排して斷然
對外〓國の急務を標準と定め以て此剰餘金處分問題を裁決するの外ある可らずと我輩の斷
言する所なり蓋し豫算未だ閣議に上らず當局の意向豫め卜知す可らずと雖も政府の内實を
〓〓に唯成る可く議會の多數を迎合し無事に第五議會を結了せんとの念慮のみ獨り熾んに
して事々物々これを標準として論定するの趣なりと云へば風のまにまに何れの邊に歸着す
可きや傍より見て實に關心に堪へず今以上各種の要求費目を案するに北海道開拓决して不
可なし我輩も夙に慫慂したる所なれども元是れ我版圖内の開拓にして着手せんとすればイ
ツにても着手するを得可く必ずしも今年今日を限るにあらず小學校費の補助これも後廻し
として敢て甚だしき不都合なし製鋼所設立の如きは唯前内閣に於て計畫したるの縁故ある
のみ若しも果して見込ある事業ならば民間に於て之を企つる者ある可く又現に企てつゝあ
りとも聞く所なれば模樣により政府は多少の保護を與へて促すも可なり是非とも莫大の資
金を費して官業となさゞる可らざるの必要なきことならん監獄費國庫支辨は大に其理ある
のみならず自から例の地租輕減論を和ぐるの一端ともなりて對外立國の方針より見れば醫
家の所謂對症療法に比しく病の源因を療する外に減祖熱と云へる熱を去るは治術に於て止
む可からずと雖も地價修正と云ふに至ては啻に其理なきのみならず對外貧弱症の爲めには
源因療法にもあらず對症療法にもあらず併せて監獄費國庫支辨術の効能をも抹殺するに當
ものと云ふ可し或は大藏大臣が第四議會に約束したる言もあれば今更是非に及ばすと云ふ
か其不都合を知て議案を撤回するもの何ぞ獨り地價修正案に限らんや斯る情實にまでも拘
泥したらば各種の要求を悉く採納せざる可らざる譯にして家ならば家計立つ可らず國にし
て國務の擧らざるは分り切つたる事どもなり砲臺建築、陸地測量等は國防上の要件なれば
強ち排斥す可らずと雖も軍艦製造は同一目的の更に大に急なるものにして且つ聖旨の次第
もあることなれば事の前後は言を俟たず次に航路擴張は最も本論に適切なる案件にして國
際競爭の急激なる今日に當り何人も異議なきことならんなれば是非とも相當の方法を設け
て一日も猶豫す可きにあらず多年我輩の宿論にして今猶ほ實施に至らざるは遺憾千萬なる
と共に之を此際に急ぐの情も亦一層切ならざるを得ず其他剰餘金を處分す可きの道多多あ
る可しと雖も要するに前記の如く對外立國の急務を標準と定め各省及び議會の意向を憚ら
ずして眞一文字に直進す可し一方には各省の要求を顧み一方には議會の意向を探ること彼
の主人が或は老人の機嫌を取り或は小兒を喜ばしめんとして肝腎の稼業を忘るゝが如くな
らば政府も亦蚋蜂兩ながら失ふて國家の爲め自身の爲め過ちあらんは必然なる可し顧ふに
前内閣は曾て己れの信ずる所を以て新事業を案出し偶々民黨の所謂乘取主義と衝突して大
失敗を取りたるが故に現内閣の圓轉滑脱なる此覆轍を避けんとして左思右慮只管無事を祈
るは情に於て左もあらんなれども識者は之を以て内閣の信否を定め隨て天下の譏を免れざ
ることなれば我輩は剰餘金の處分問題を以て第一着に當局者の心事を見んと欲する者なり
又民黨とても今日の人心既に對外立國の急に傾きたるを了解したらば地租輕減論の如き黨
議を死守するは迂の極なり三日見ぬ間の櫻ばな士豈永く昔日の痴態を演ず可けんや