「築港の必要」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「築港の必要」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

築港の必要

海陸兩運の便を充分ならしむるは通商貿易の爲めに最も必要にして鐵道の增設並に航海の

擴張共に今日の急務なれども海運と陸運とは本來個々別々に働く可きものに非ず内地の商

品産物は鐵道より汽船に移りて海外に輸出さるゝと同時に外品は船より汽車に轉載して國

内各地に運送せらるゝが如く海陸相待て貨物の出入集散の便を達するものなれば双方の間

に互に氣脈を通じ聯絡を結ばしむることは極めて必要なる可し然るに今我國の沿海岸を見

るに到る處港灣に乏しからざれども大概は天然の灣形を其儘に利用して別に人工を加へざ

るもの多きが故に少しく吃水の深き船舶は岸に近寄ること能はず皆沖合に碇泊し艀船の助

に依りて僅に荷物を揚卸するに過ぎず誠に堪へ難き次第にこそあれ鐵道汽船の便利は近來

次第に發達して大に喜ぶ可きが如しと雖も双方の氣脈聯絡を欠くこと今日の如くなるに於

ては貨物の運送に無益の時間を費すのみならず運賃も之が爲め非常に嵩みて商賣貿易の繁

昌を妨ぐること决して少小ならず現に大坂の紡績業者が印度の孟買より原料の綿花を買入

るゝに同地の港は船の出入に適せざるより止むを得ず一たび神戸に荷揚して更に大坂に運

送するの順序なるが故に神戸大坂間の運賃は全く餘計のものを拂ふ勘定なりと云ふ右は一

例に過ぎざれども全國中にて良港の聞えある神戸の如き大船を橫付に爲し得るは唯郵船會

社私有の棧橋のみにして一般の不便は矢張り他の港灣に異ならず又橫濱の築港も例のセメ

ント龜裂の如き珍事もありて成效の期未た知る可らざるが如し神戸橫濱にして既に斯くの

如くなるときは直接に海陸兩運の聯絡を全ふするの港灣は日本國中に絶無と云ふも可なり

苟も文明の利器たる鐵道汽船の利用を充分ならしめんには速に双方の聯絡を通じ汽船港に

入りて棧橋に接すれば鐵道も棧橋を發着の起點とし船入れば汽車發し汽車着けば船出づる

と云ふが如く乘客貨物の轉載移動は極めて簡便迅速にせざる可らず即ち我輩が茲(玄+玄)

に築港工事の必要を認むる所以なり目下金融は非常の緩慢を極めて資本家は何れも其資本

の用處に苦しむの折抦、速に計畫を定めて事業に着手するは自から時機相應のことなる可

し扨その築港に必要なる塲所は大坂橫濱を始めとして東京灣、伊勢灣及び内海の各地にも

多かる可し或は日本海に面する北海岸の如き風浪險惡にして築港に便ならざるの説もあれ

ども學術進歩の今日に於ては風浪の如き何も恐るゝに足らず其他北海道の網走、巴の如き

も必要なる可く又青森縣小湊の築港は既に前年より計畫して出願したることもあれば斯く

の如きのものは速に許可を與へて着手せしむ可し實際に塲所の取捨撰擇及び其事業の手段

方法に至りては我輩の敢て云々せざる所なれども兎に角に適當の塲所を卜して築港の工事

に着手するは一個人の企業としても若しくは組合共同の事業としても今日の有樣に於ては

策の得たるものなる可し而して或は塲所に由りては國庫の金を以て其業を補助するも適當

の處置なる可しと信ずるなり