「海外貿易の進歩と領事の人撰」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「海外貿易の進歩と領事の人撰」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

海外貿易の進歩と領事の人撰

我國の實業は近來面目を改め諸般の製造技術著しく上達して是れまでは外國製にのみ依頼

したる物品も今は自由に内地にて造り出すことを得て復た輸入を仰がざるのみならず尚ほ

一歩を進めて其製造品を倒に海外に輸出するの例さへ少なからずマツチ洋傘の類即ち是れ

なり其他三五年來新に海外に販路を求めて既に輸出品中重要の位置を占るに至りし彼の羽

二重、絹布、地〓等の商品は今も尚ほ年々其賣高を增して却て供給に不足を感ずる程の次

第なり兎に角に我外國貿易は目下正に發達の最中にして前途頗る多望なりと云ふ可し〓〓

輸出品の斯の如く次第に增加するに就て茲(玄+玄)に甚だ大〓なるは我國の製造商賣に

從事する者をして常に海外〓〓に於ける市塲の有樣を詳にし先方の需要に應じて我〓〓の

品質數量を斟酌增減するの略を得せしむるの一事にして其手段は或は商工業視察委員を海

外に派遣するなど種々の工風ある可けれども差向き我輩の心付きたる所にては領事撰任の

方法を改良せんことを所望するものなり抑も領事なる者は專ら商賣上の便宜の爲めに設け

られたる吏員にして即ち本國と在勤地との通商を保護奬勵するを以て職務と爲す者なれば

其性質自から他の尋常官吏と異なる所あり之を撰任するにも成丈け商賣上の知識に富み實

際の事に慣れたる人物を採用す可きは勿論にして終始實業社會の利益を主とするの精神を

失はざるの覺悟こそ最第一の緊要事なれ今英國にて領事を撰任する慣例を聞くに凡そ領事

たらんと欲する者あれば先づ六ケ月間倫動なる外務省に勤務せしめ然る後嚴重なる試驗を

行ひ本人はよく佛蘭西語を話し、在勤地の國語を了解し且つ商賣に關する法律を知る者な

りと認定したる上始めて之を海外に派遣するの規定なり右の試驗を首尾よく通過して領事

に任ぜられたる後、二年間は所謂試煉の時期にして其年限中に職務に堪へざる者と認めら

るゝときは何時にても直に免職せらるゝ其代りに若しもこの二年の間滿足に奉職し終る以

上は非常の失行あるに非ざれば生涯免職の沙汰なく且職務上に功勞を表はすときは幾回に

ても昇進すること難からず又佛國の慣例も英國と大同小異にして領事は自國の言葉の外に

少くとも二ケ國の語を知る者に限り登用試驗には國際法、外交歴史、統計學、理財學、地

理學等の科目あり又試驗に合格したる者は勉勵次第にて颯々と昇進するを得可く故なくし

て職を免ぜらるゝなどの恐は更になしと云ふ右の如き次第なれば英佛の領事に適任の人物

多くして本國の商賣に利益を及ぼすこと少なからざるは遇然に非ず之に反して我國にては

朝野一般に未だ商賣を重んずるの氣風に乏しく領事の如きも之を他の官吏と一樣に見做し

て其人物の撰定に注意せず動もすれば單に政府部内の都合に由り經濟商賣の知識は愚か日

本語の外、一語をも解せざるが如き不都合の人物を採用することなしとせず或は稀に適當

の人を得ることあるも相替らず政府の都合に任せ僅か一二年にして呼戻すこと多きを以て

目下の處、領事の爲めに我商賣社會の蒙る利益は殆んど皆無と云ふも可なり外國貿易の漸

く盛ならんとするの今日誠に遺憾千萬の次第と云はざるを得ず政府の都合は我輩の知らざ

る所なれども苟も外國貿易の大切なる事に心付きたらんには少々の不都合は我慢しても領

事丈けは實用に適する人物を撰んで其任免に重きを置かんこと切望に堪へざるなり