「金の定期賣買を始むべし」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「金の定期賣買を始むべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

世間或は相塲を以て賭博と見做すものあり或は商賣の道と心得るものあり是れは獨り吾邦

のみならず歐米諸國一般に行はるゝ疑問にして甲論乙駁更に歸着する所を知らざれども其

是非の如何に拘はらず兎に角に相塲の商賣社會に必要なるは爭ふ可らざる事實にして此點

に於ては天下又異論なきに似たり扨て何が故に相塲を必要なりやと尋ぬるに其理由一にし

て足らざれども先づ第一に商人をして正確なる物價を知らしめ事に當て頴敏活溌、能く商

機を誤らしめざるの利uあり特に近來は外國との通商貿易年を逐ふて盛大となり隨て内國

の諸商賣も月に日に繁昌の域に進み内外の商况ともに多々ますます頻繁ならんとする今日

にこそあれば此際確實なる物價を知るの必要は更に一層の重きを加へて啻に内國の物價の

みならず兼て又海外諸國の相塲を察知し以て一髪の機を失せざるが如きは目下吾邦商人の

急務中の急務なるべし然るに從來日本にて定期賣買を取り行ふ物品は米穀株式公債等にし

て勿論商賣社會の機關となり一方ならざる便uを世間に與へ居るには相違なきも我輩は更

に一歩を進めて諸株式公債と同じく新に金の定期賣買を始めんことを希望するものなり其

理如何となれば金銀も亦一箇の商賣品に外ならずして他の物品と等しく價の變動あるを免

かれず殊に昨今の爲替相塲の如く一日の内に一割二割の激變を來たす塲合もなきにあらざ

れば其物の定期賣買を行ふ可きは固より當然のことにして歐米諸國にも其實例ありと云へ

ば亦以て事の必要を見るに足る可し吾日本に於ても從前不換紙幣なりし頃は銀の相塲盛に

行はれて其取引少なからざりしが明治十八年兌換紙幣となりてより銀を賣買するの要なき

に至り自然廢止の運に及びたれども金に至ては乃ち然らず今日正に屈強の商賣品にして價

額の變〓極りなきものなれば須らく定期賣買を施して正確の價を定むべき筈なるに唯僅に

地金屋などの見込に任せて時々其相塲を高低せしむるが如きは活溌機敏を主とする商賣社

會にも不似合なる迂闊の沙汰にして我輩の取らざる所なり

人或は云ふ吾邦には金の現量少なくして定期の相塲を行ふ程にあらずとの説のあらんかな

れども是れは事の實際に通ぜざる人の憶説たるに過ぎず吾邦とても地金あり古金あり金貨

あり一として賣買の資ならざるはなし公然取引を始めて買はんと欲する者あれば賣らんと

欲する者の出で來る可きは無論、或は其受渡に不自由を感ずる塲合には濱に至れば金の

爲替あり取て以て賣買の料に充つべく正金を要する塲合には一電の下に何十何百萬の金を

海外より呼ぶ可し何ほど手廣き相塲を行ふとも其間に何等の不足、何等の不自由をも感ぜ

ざるなり金の定期賣買を爲すの必要既に前に述べたる如く金の供給亦既に斯くの如くなる

以上は一日も早く之に着手して我商人の眼界を開き廣く海外の商機に頴敏ならしめんこと

我輩の敢て勸告する所なり