「株式市場の變動」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「株式市場の變動」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

過日來ゥ株式は少しく下向きの足取りなりしに一昨七日の暴落は凄しき勢にして昨日は場所も立兼る程の次第なりき此先き何如なる可きや投機社會の紛擾想ひ見る可し抑も今の相場の異常なる次第は過半の時事新報にも一言して讀者に於て記臆せらるゝ所ならん就中鐵道株の如きは賣買の最も盛にして騰貴の最も甚だしきものなり凡そ株式の値は世間普通の金利を標準にして定まるの常にして縱令ひ其間に會社の基礎如何を問ひ將來の盛衰如何を見込んで多少の相違あるも詰る處は世間の資産に餘力ある人々が其金を利用せんとするに當り預金を始めとして樣々に放資の路を求め無限の事情を視察し無限の利害を比較し其最も安全にして最も利uの厚きものにこそ就くことなれば彼の鐵道株の如きも近來特に大に騰貴したりと云へば近來特に大に其利uを揄チするか又は特に大に其會社の基礎を堅固にしたるの事實ある可き筈なるに我輩の見る所にては特に是等の事實もなきが如し、騰貴す可きの事實なくして實際の相場は頻りに騰貴す經濟の常を變したるものと云はざるを得ず例へば歐米ゥ國に於ける鐵道株の値と其配分の利uとを比較して平均を見るに安全至極と稱するものにして年利四五分ならざるはなし米國のフヒラデルフヒャ鐵道會社と云へば同國第一の大會社のみならず其資本の大なる其理事の堅固なる世界中に殆んど比類を見ず内外の信用圓滿にして毎年凡そ五分利配當の常例なるに其株券五十圓なるものを市場に賣買すれば五十五圓以上に上りたることなしと云ふ日本に比較すれば兼て低利國の名ある亞米利加にして斯の如し然るに今我國の鐵道株は其賣買の値と其配分利uとを計算すれば三四分の間に居り時としては三分以下なるものも少なからず異數に非ずして何ぞや或は日本の鐵道は今正に發達の最中にして永年の利uに見込みありと云ふ我輩これを知らざるに非ず我輩が常に其敷設を奬勵して止まざるも唯この一點に在りと雖も永遠の利を目的にして資本を放つは實力ある富豪大家の事なり今日の株券を所有するものは果して眞實の富豪大家なるや否や疑なきを得ず熱界多少の商人中には株を賣るが爲めに株を買ひ~變不思議の金策を運らして身分不相應なる株券を暫しの間、我名義の下に寄宿せしむる者も多かる可し然るに此株券が寄宿中に下落したりとあれば~變の奇策も漸く馬脚を露はして當局の所有者は無論、これを抵當に金融を助けたる金主も共に落膽して其禍の波及する所必ず容易ならざる可し我輩が近來の株式市場を見るに恰も一種の鼠穽に異ならず群鼠香餌に集り食はん欲して物音に驚き逃る者あり、既に食ふて未だ腹に滿たざれども禍を恐れて去る者あり、一半は食ひ一半は食ひ遺して出沒ならざる者あり、勇を鼓して入り幡腹便々無難に去る者ある等種々樣々なる中にも本來食欲の盛なるは此動物の性質にして頻りに貪りて飽くことを知らず尚ほ穽の中に餘念なき者こそ多ければ穽機一發、今にも無數の貪食獸を鏖にすることならんと竊に氣の毒に思ひながら唯その發機の時節を明言するに苦しむのみのことなりしに昨今に至りて始めて其徴候を現はしたるものゝ如し今後の形勢如何なる可きや固より自然の數にして今更ら驚くに足らざれども人爲の運動時として自然の力に勝つの奇策なきにあらざれば或は今度の暴落を防くが爲めにも又もや例の~變不思議を逞しふして一時を彌縫し以て株券萬藏の假裝を示すことはなかる可きや斯くの如きは則ち經濟社會の禍根を深くし姑息の療法を以てますます病症を危險に陷るゝに異ならず兔に角に今の株式市場は經濟の常を變じたるものなれば變を治するには變を以てせざる可らず此變動の爲めに多少に損害を被る者ある可きも氣の毒ながら之を救ふの手段とてはある可らず唯その人の自業自得として捨置く可きのみ則ち禍を其尚ほ未だ深からざるに防くの道なりと我輩の敢て斷言して憚らざる所なり