「京濱鐵道」

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時事新報に掲載された「京濱鐵道」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

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本文

京濱鐵道

新橋横濱間の鐵道は開國以來第一番に敷設したる線路として有名なるのみならず其乗客の多くして利益の豊なる點に於ても他に肩を並ぶるものある可からず今日政府が數百哩の鐵道を所有して年々相當の利益を〓めつつあるも畢竟するに京濱又は坂〓鐵道の如き〓利の大なるものありて恰も薄利なる他の線路の埋合と爲るが故なりと云う左れば京濱間の鐵道は我國に取りては最も大切なる線路にして是れが監督の任に當る者は常に油斷なく其營業方法に意を用い出來得る丈けの力を盡して以て自から利し又公衆に便益を與える覺悟こそ肝要なるに然るに實際に鐵道廳の爲す所を見れば如何にも緩漫冷淡にして十數年來殆んど同一の筆法を以て業務を執り更に改良進歩を謀る模樣なく公衆に非常の迷惑を感ぜしめて一向に平氣なる者の如し京濱鐵道の執務に就ては其不都合の箇條少なからざる中にも我輩の最も遺憾とする所は毎日發車の度數極めて少なき一事なり鐵道廳の時刻表を見るに新橋横濱兩驛より双方に向て發する度數、日々午前六時より午後十一時十五分までの間に各々十七回に過ぎず今試に明治十六年の時刻表を見るに兩驛よりの發車は午前六時四十五分より午後十一時に至るまで總て十五回なり即ち過る十年間に發車の度數は僅に二回を增したるのみ而して此二回も全く東海道鐵道開通の爲めに增加したるものとすれば京濱鐵道の運搬法は明治十六年以來更に進歩せずと云うも〓して過言に非ざる可し文明の進歩矢の如くにして〓會百般の事物舊を棄てゝ新に就く此繁忙の世の中に一國文明の標準とも稱せらるゝ鐵道の事業のみ獨り停滯して數年の間更に面目を改めずとは實に言語に斷えたる次第にして之を利用して商賈を營む人々は申すに及ばず〓會一般の爲に無上の迷惑と云わざるを得ず現に今日京濱間を〓來する者は必ず前以て鐵道時刻表を暗記し發車の時來れば用談未だ終らざるも急に人力車を走らせて停車塲に至らざれば或は目的の列車に乗後れて一時間に餘る大切なる時を〓しく待合室も費やすこと多し或人の話に東京より横濱に急用あるとき汽車の時刻を待合せずして直に自轉車に乗て出發すれば〓々汽車よりも先着することありと云う實に驚入りたる次第にして何と評論の言葉もある可からず若しも英國米國などの鐵道會〓にて此の如き緩漫不都合もあらんには人民は必ず非常に激〓して會〓を攻撃し〓して黙々に看過することなかる可し英國大北鐵道會〓の汽車にフヒンスベリーパーク停車塲より市の中央に向て凡そ五哩間を走るものありて終日毎五分間に一度づゝ出發する定めなりしに人民は尚ほ之に滿足せず是非とも五分を短縮して三分にす可しとて物論囂々たりしにぞ會〓も止むを得ず遂に毎三分發車と改めたるは現に去年の事なり倫敦と東京と相比すれば自から事〓の異なる所もある可きなれども其鐵道の發車に一方は毎五分を待長しとし一方は一時間餘にて滿足とは其懸隔も亦甚だしと云う可し

或は今日京濱間の旅客荷物を運搬するには日々十七回の發車にて充分なり發車度數の少なきが爲めに世間に多少の不便あるも鐵道廳の知る所に非ず鐵道廳は現在の仕組にて利益に不足なければ故らに改革を施して却て營業費を增加し純益を〓ずるが如き愚を爲す可からず云々の説もあらんかなれども斯の如きは即ち鐵道の專權を奬勵して人民の利害を犠牲に供せんとするものなり元來鐵道は他の營業に異なり競爭の災を蒙ること極めて稀なるものなれば若しも營業者の爲すが儘に任じて之を制止することなきときは忽ち專有の姿を成して其會〓の私利の爲めに天下人民の利益幸〓を蹂躙せらるゝ恐なしとせず左れば何れの國にても鐵道會〓が唯自家の都合のみを目的として勝手次第に營業することをば禁止して以て〓會公衆の利益を保護する策を取らざるはなし故に今政府が其所有の鐵道に競爭者なきを幸として公衆の利害を度外〓することもあらんには人民は其不平を訴えて政府の不都合を責るに憚る所ある可からず彼の帝國議會などに政府攻撃の議論は隨分盛なれども〓ね皆無形の權理論に止り右の如き有形の實利害に關する問題には頓と意を〓ぐ者なきこそ遺憾なれ議會の議論は兎も角もとして我輩は〓會の實用の爲めに鐵道の利を利せんとする者なれば假令ひ今日列車發着の度數を增加するが爲めに鐵道廳の會計に多少の損失を生ずる恐ありとするも公衆の利益の爲めには其斷行を促さざるを得ず况んや事の實際に於て發車を增加して京濱間の〓來を手輕にすれば自然これに誘われて營業の繁昌を致し會計上は從前に比して却て利する所ある可きに於てをや躊躇す可き塲合に非ざるなり然りと雖も若しも政府が飽くまでも改革を嫌いて是非とも今日のまゝにて押行んとの〓心ならば我輩は復た強いて論爭する所なく唯當局者に向て現在の京濱鐵道の線路に並行して新に私設鐵道の許可を求る者なり目下官線の運搬法は發車の度數少なくして賃錢も安からず都て商賈上に不完全なれば政府をして其不完全のまゝに之を守らしめ爰に之と並行して一線の新鐵道を敷設し有らゆる手段を盡して乗客の便利を謀りたらんには必ず非常の〓益ある可きは明白にして一度び許可を得たる上は其資金の如きは立ろに集るに相違ある可からずと我輩の敢て保證する所なり左れば政府は現在の運搬方に大改革を加えて以て公衆の便利を謀るか或は十數年來の舊筆法を〓守して自から居り人民をして競爭線の私設に着手せしむるか二者その一に〓する所なかる可からず何れにても苦しからず我輩は唯當局者の意見如何を聞かんと欲する者なり