「自由黨軟化の風説に就て」
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時事新報に掲載された「自由黨軟化の風説に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
自由黨軟化の風説に就て
此頃一種の風説に自由黨は近來軟化して其方向を一變し黨員中には政府部内の者と陰に氣脈を通ずるものさえあれば第五議會に於ける民黨の形勢は案外の變態を呈出するやも知る可からずと傳えるものなきに非ず或は政府の人々にも往々この軟化を保證する口氣もあるよしなれ共我輩の所見を以てすれば實際の成行は其風説口氣に反して軟化の實を見る能わざるのみか今後自由黨が政府に對する攻撃の鋒は更に一層の激烈を加えて大に世人を驚かす擧動ある可しと敢て斷言するものなり抑も自由黨と云い改進黨と云い又は國民協會と云い政黨の數少なからざる中に自由黨が特に頭角を露わして勢力を占め議會に於ても他の政黨に比して其黨員の多數なるは如何なる次第なりやと云うに其主義綱領の立派にして見る可きものあるが爲めに非ず又その黨員に信服す可き人物多きが爲めに非ず今の政黨の主義綱領は各黨共に大同小異にして自由黨に限りて特色なきのみか黨員の擧動を見れば單に〓〓一偏、文才に乏しく寧ろ武愚の〓を免れずして此點に於ても改進〓に對して數歩を讓らざるを得ず我輩の敢て公言して疑わざる所なれども只その心事の簡單にして事に利害に拘わらず徹頭徹尾政府に反對する一事こそ今の政府に不滿なる一般〓會の人望を博し今日の勢力を得たる所以にして他の政黨の企及ぶこと能わざる所なり從來同黨の擧動を見れば毫も感服せざるのみか時としては大に愚を極めたることも少なからざれども愚中自から質の美なるものを存し黨員の人々が如何なる逆境に處しても政府反對の一義を忘れず終始守る所を變ぜざりしは滿天下の認むる所にして何人も之に對して異議を挟むものはある可からず試に黨員中重立たる人々の履歴を見るに政府に反對する餘り不穏の言行を演じたるか然らざれば其嫌疑を以て獄に繋がれ若しくは退去を命ぜられたるものも少なからず殊に首領其人の如き維新功臣の一人にして明治政府の老政客とは絶つ可からざる因〓あるにも拘わらず其絶つ可からざるを絶ちて終始政府の反對に立ちたるが如き以て同黨年來の〓〓を知るに足る可し即ち自由黨の今日あるは只その心事の簡單にして政府反對の外に他意なきが爲めにこそあれば若しも一旦軟化して從來の方向を變ずることもあらば即日より人望を失いて勢力を落さざるを得ず我輩は斷じて其事なきを信ずるものなり抑も軟化云々の〓は眞に無根の風説か然らざれば他を傷けんとする輩の構〓に出でたることならんなれども多數の黨員中には素より種々樣々の人物もあることなれば其中には或は如何なる事を企つるものあるやも期す可からず而して政府當局者の寡聞固〓にして事態に通ぜざる或は輕卒にも其輩の言を信じて竊に頼む所あるやも知る可からずと雖も斯くの如き輩の擧動は忽ち他の認むる所と爲りて〓斥せらるゝこと從來の例に於て明なるのみならず假りに自由黨の全體が政府に氣脈を通ずるものとするも其曉は即ち同黨の勢力を失う日、否な自由黨斷絶の日にして政府にては只一個の御味方黨を得るのみ世間の反對は依然として何の益する所もなかる可し左れば政府の慾目より見れば自由黨の軟化云々は迚も望む可からざるも政論粉紜の間に自由改進の二黨が互に相容れずして民黨の分裂を來し議塲の駈引一致せずして反對の意見成立せざるが如きこともあらば政府は手を袖にして獨り自から利する仕合せもあらんかなれども斯る好都合は容易に望む可きに非ず軟化の風説は實に自由黨の全體を惱殺するものなれば議會の開塲を待て其冤を雪がんとするは必然の勢にして大に氣焔を吐き或は名譽回復の爲めに故らに反對を試み其論鋒の激烈從前に倍することもある可し〓に反對の目的を同うすうときは民黨の所論は自から一致せざるを得ず第五議會の景況今より想い見る可きなり