「利子補給問題」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「利子補給問題」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

利子補給問題

近來金融緩慢の聲と共に各種の事業を企るもの所々に現わるゝは勢の然らしむる所にして我輩も傍より其成就を祈るに切なれども不思議なる哉その計畫は率ね獨立自營にあらずして動もすれば國庫に向い利子の補給を冀望するもの多きが如し十數年前までは政府の民業を保護すること厚くして資本なきものには資本を與え役員に乏しければ役員を授けて養育介抱盡さざる所なかりしが其結果は毎に思わしからざりしより保護と云える文字は人をして一種異樣の感を起さしめ事の當否を問わず一概に非難せられて或る種類の二三を除く外殆んど休止中絶の姿となりしに時勢の變遷、世に對外立國の論など行われ國家進歩の爲めには民業も漫に自然の發達を俟つ可きにあらず國家は宜しく公益の爲めに其成長を助く可しとて恰も保護再燃の勢を釀せしかば營利に敏捷なる商人の慧眼は早くも機會を見て取り扨こそ新事業とし云えば同時に利益の保護を期することならん歟、この邊より察すれば近來の企業は金融緩慢資本豊富の結果にあらずして寧ろ企業家が政海の風潮に

乗じて巧に爲す所あらんとする餘波なるに似たり此有樣にて進行せば遂に各種の企業家の間に利子補給の競爭を起し〓て之を可否左右す可き國會議員の間に運動を試ること彼の鐵道比較線の例の如くにして又〓て運動の巧拙により補助を得べきものにして得ず、得可からざるものにして却て得る奇觀なしとも言う可からず政商の評判漸く盛なる折柄聊か懸念の次第なれば我輩は眼中敢て各企業家の私事内〓を見ず唯民業保護の大體に就き江湖の注意を乞わんとする者なり

今日の〓態は〓に保護再燃の姿ありと雖も遉に從前の如く直接に資本の貸與を〓う者はなくして皆利子補給の名義を利用することなれば〓う者も靑天白日憚る所なく許す者も亦從來鐵道會社等が利し補給の法によりて隆盛に赴きたる實例もあることなれば稍や安心を托するが如くなれども利子補給とても資本貸與と共に往々その弊を同うするを免れざるものにして彼も不安心なれば是も亦不安心なるを知らざる可からず泰西の學説に民業保護は利益補充に止む可しと云う我輩も一概に民業保護を非難せず國家の利益を標準として着々事業を助成するは國民の任務なりと認る者なれども其保護の方法に至りては嚴密至極にして苟も濫用に流るゝなき注意こそ專一なれ事業の種類により之を監督するにも難易あり之を助成するにも手心あり漫に公益の爲めなりとて直ちに利益補充の法を適用するときは當業者とて必ずしも德義の制裁に束縛せらるゝ者にあらず或は補充の特典あるを名として世間を〓着し軈て補充の期〓らんとするに臨めば又も延期を〓求し政府も亦今更これを中絶せしむるに忍びずとて又も補足に補足を重ね其極何の効蹟もなくして徒に一部當業者の懐を温むるに過ぎざるもの古今東西その例珍しからず啻に其事に益なきのみならず世間一般の企業心を沮喪せしめて自然の發達を妨るものと云う可し

頃日利子補給を期望して其聲最も高きものは製鐵所の一事なるが如し此事は前内閣の設計に基き且つ鐵道敷設法により今後鐵軌の入用も莫大なれば其支給を外國に仰ぐは遺憾なりとて旁々規模を大にして新設を企て其〓支計算に十二箇年の間は損失を免れざれば其間の利子補給を〓わんとするよし而して其十二箇年とは何の見込によるものなるやと尋れば唯本邦に始めての事業なればというのみ、始めての事業と云い十二箇年と云い實に漠然たる談にして若しも其期限の後に至り猶も見込相立たずとあらば其始末を如何せんとするか又も補足に補足を重ねるは徒に困難を大ならしむるに過ぎず既往の經驗に照らしても世論の許さざる所なり然りと雖も我輩は製鐵業に對して國家は毫も頓着するを要せずというにあらず例ば航海業を奬勵するに其航海の哩數を算して幾千の補助金を與えるなどの筆法に基き製鐵にしていよいよ奬勵す可きものならば何れの製鐵所を問わず一〓の製出に付幾千の奬勵金を與えるが如きは實際に無病の策なる可し斯の如くすれば監督の方法も易く特典の及ぶ所も亦偏頗の嫌を免るゝのみならず既に計算上に於て大製鐵所は引合わず却て小製鐵所に利あること我國今日の實況なれば大製鐵所に對して大失策を取らんよりは小製鐵所に就て小成効を積み以て漸次他日の發達進歩を期するこそ正に順序の宜しきを得たるものなれ徒に性急にして蹉跌を取るは我輩の與せざる所なり

聞く所によれば製鐵所に對する利子補給の問題は政黨間にも賛成を表するもの少なからずして當業家がいよいよ協力運動するに於ては或は通過を見んも知る可からずと云う賛成者の意は果して何れの邊に在るや測り難けれども我輩は其人々が保護の方法に就て眞實充分の研究を悉したるや否やは頗る疑なき能わず先年政府が製茶會社の資本五十萬圓の内二十萬圓を貸與せんとせしとき我輩は其資本保護の不可なるを咎め寧ろ製茶の輸出斤高に應じて其損失を補充し若しも輸出先にて賣却すること能わずして再び本國へ持歸るときは補充金を返納せしむる樣の仕組とも爲さば稍や妥當ならんと勸告せしも其説行われずして計畫の歩を進むる中に會社の議〓わずして間もなく貸與金を引上げられたることあり是れば政府にても條件付にて貸與の約束をなしたるが故に斯く二十萬圓を無事に保ち得たることなれども今度の利益補充の約束の如き一旦〓する上は復た前日の例に從て容易に始末することも難く其影響も亦實に淺からざる可し況んや製茶會社の事と雖も尚ほ失態の譏を免れざるに於てをや故に我輩は製鐵の事業に就て〓細の調査を遂ぐ可きは勿論その之を保護する方法に就ても充分に研究し帝國議會開設以來民業保護の効果は從前の政府の比にあらざるを示して江湖の〓采を博せんこと敢て議員諸氏に望む者なり