「鐡道營業は甚だ易からず」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「鐡道營業は甚だ易からず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

鐡道營業は甚だ易からず

毎度本紙上に述べたる如く我國の鐡道は營業の方法甚だ不完全なるを以て乗客荷主に迷惑を感ぜしむこと少小ならず是れが爲め十數年來折角に造り上げたる千何百哩の線路も充分に効能を表わすこと能わずして徒に「文明世界の道路」たる名稱を空くする觀あるこそ遺憾なれ抑も我國鐡道の起原は僅々二十年前に在りて營業者は何れも實際の經驗に乏しき者のみなれば其執務に多少の困難を免がれざるは固より當に然る可き所なれども左ればとて其當局者の人々が聊か事務の性質を了解して今少しく自家の利害の在る所を察するに敏ならんには〓して公衆に向て今日の如き法外なる不都合を行いながら〓然たる筈はなかる可しと我輩の信ずる所なり世の中には鐡道汽車を以て恰も渡船若しくは橋梁と同樣のものゝ如くに見做し〓に交通の準備さえ成れば其上は手を懐にして唯運賃の集り來るを受け取り之を保管し之を分配するのみと思う人もある可し左ればこそ會〓の理事者を撰ぶにも左まで注意する樣子なく時としては役員の給料を直切るなどの談さえ聞く程の次第なれども鐡道營業の眞面目は〓して斯る優長なるものに非ず今其監督眞理す可き事項を擧れば線路の保存、運賃の割合、列車の速力、發車の度數等より客車の〓〓装飾、切符の印刷その賈方の工風、驛長驛夫の取締等一切の細事に至るまで何れも〓敏の注意を要することのみにして能く是等の事務を處理して不都合なからしむるには非凡の才智と氣力とを要すること論を俟たず彼の渡守又は橋番などが終日小屋の中に坐して通行人の錢を受取るものとは聊か趣の異なる所あるを知る可し鐡道事業は死物にあらず執務の活〓なるは恰も其機關の活動するが如くにして瞬間の油斷を許さず〓會一般の進歩と共に進歩して時勢に後れざるのみか自から率先して他を導くこそ其本務なれば其第一要は汽車交通の便利を目前に示して普く世人をして利器の利を悟らしむるに在り即ち其營業上に種々樣々の新工風を運らして乗客荷主の歡心を求るも次第に之を導いて鐡道利用の佳境に入らしめ以て其人を利すると共に大に自から利せんとする商賈法なり然るに我日本の鐡道營業者は十數年來同一の筆法を墨守して曾て改良進歩の新案あるを聞かず左なきだに我人民中には尚ほ未だ鐡道の何物たるを知らず汽車の形をさえ目撃せざる者多き今日に於て之を導く工風もなく可惜有力なる利器を握り潰して因循姑息に日月を消するとは競馬の口に止轡を施し態と躊躇するものに等しく其意の在る所殆んど解す可からず我輩は失敬ながら日本の鐡道に人物なしと云わんと欲する者なり米國などの鐡道會〓にはゼネラルマネジヤーなる者あり即ち總理事の義にして會〓一切の事務を總理し最も重要の任に當る者なれば其人を撰ぶにも注意に注意を加えて最もよく鐡道事業に通〓したる第一流の人物を擧げ報酬の如きも大會〓に於ては一年に六七萬弗を給與するものあり然るに斯る巨額の給料を受るにも拘わらず本人は勤務の繁忙にして責任の大なるが爲めに身心疲勞して永く其位置に留まること能わず三年以上勤續する者は甚だ稀なりと云う亦以て彼國の鐡道會〓が其業務に力を盡す〓況を窺い知るに足る可し之を我日本の鐡道會〓が謂れもなき〓實因〓を以て〓長を撰び又は無識無學素町人の根〓を以て理事者の給料を直切れば其直切られたる給料相應の人物を得て相應に不都合を働き又は金錢の勘定に無頓着なる官吏輩の手に事務を一任して公衆の便不便を度外〓する者に比すれば同年の論に非ず兎にも角にも我鐡道の事務は官私共に今少しく注意あらんこと我輩の飽くまでも冀望する所なり