「會社株式の投機賣買」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「會社株式の投機賣買」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

近來諸會社にては頻りに經費節減の法を講じて冗員を除き冗費を省き以て大に引締めんとするものゝ如し至極尤もの次第なれどもイツモ取敢へず役員の俸給に着目して之を減するの方針に出づるもの多きは知らず會社の爲めに得策なるや否や一考の價ある可し節減の結果として俸給に影響するは亦是非もなきことにして若しも之に不滿を抱くの役員あらば速に職を辭して可なり會社は強ひて其留まるを願はず他に幾多の人ありて決して事に缺く所なしとは蓋し節減を加ふる者の意ならんと雖も不滿の役員果して見込通りに辭職すれば即ち好し未だ然る可き方向もなければとて不滿ながらも依然として其地位を動かざる者は之を如何せん役員をして器械的の死物ならしめなば自から使用の法もある可しと雖も元是れ有生の動物なれば其不滿は何處にか現はれ事務の上にも影日向を生ぜんは實際に於て免る可らず例へば婢僕に對しても待遇その宜しきを得ざれば不思議に大切なる器物の多く破損するなど人々の日常にも覺えあることならん傍に在りて斷へず注意するも猶ほ且つ然り況して會社の株主が遠方にありて役員を監督するに於てをや其俸給は減じ得たりとするも爲めに失ふ所は必ずや大小相償はざるものある可し經濟の巧なるものと云ふ可らざるのみか役員が其會社の株券を弄んで投機を試るの弊も或は此邊の事情より生ずるものあるが如し俸給少なければ之に準じて各自の私に質素節儉を守るこそ役員たる者の心懸にして又正常の順序なれども扨左樣の譯にも往かざるよりして止むを得ず投機によりて不足を補はんとする窮餘の窮策なる可し又或は爰に一歩を進め其投機の盛なるに至りては更に規模を大にし役員等が會社より受取る可き給料の如きは殆んど之を度外に置て多少を問はず其眞實の目的は役員として社務の實權を執りながら投機一遍以て不思議の大利益を博せんとする者なきに非ず抑も會社の内情を知る者は役員より明なるはなし啻に之を知りて明なるのみならず種々の事情を製造して以て株の價を高低せしむるも亦敢て難しとせざる所なれば役員にして一旦自家の會社の株券相場に手を出すときは高しとて眞の高きにあらず低しとて眞の低きにあらず一高一低恰も其掌中に弄せられて會社の爲めに必ずしも親切ならざるは復た怪しむに足らず此頃の株式界を見るに轉た此邊の疑なき能はざる事共多くして實に不安心の至りと云はざるを得ず畢竟かゝる情勢を來たす所以は株主等が役員の俸給に吝なると同時に其役員をして投機の運動を恣にせしむるに由ることなれば俸給の如きは人物相應に授けて不自由なからしめ一方に於て株券投機の事を嚴重に禁止し直接にも間接にも規律を破らざる樣注意するこそ策の得たるものなる可し他の會社の株券を賣買するは素より此限にあらず投機思惑も勝手次第なりと雖も自家の會社の株券に就き見込みを以て之を買ふ者あらば其買收したる株券をば役員株と稱するものに等しく都て之を會社に預りて封するが如き自から一法なる可し或は表面に斯る規律を作るも色色に他の名義を利用すれば實際の投機賣買を行ふに妨なしとの説もあらんなれども株主の注意を密にして事の内實を探り苟も會社の役員たる者は目前の利害の爲めに私に其會社の株券を賣買す可らず此風儀を破るは即ち役員の資格に背く者なりとて諸會社一般の輿論を成すに至れば實際に多少の影響なきを得ず兔に角に我輩は今日諸會社の内情を視察し其株式の投機賣買に付ては役員の不德不取締株主の不注意を警しむる者なり