「鐡道の利益は營業頻繁の間に在り」
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時事新報に掲載された「鐡道の利益は營業頻繁の間に在り」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
鐡道の利益は營業頻繁の間に在り
頃日來我輩が官私の鐡道に向て改良を促したる其要點は發車の度數を增し速力を進め兼て又その賃錢の割合を低くす可しとの趣意にして斯の如くすれば乗客荷主の便利は申すまでもなく自然に沿道の繁榮を致して地方民の間接に利する所決して少なからず殊に各停車塲の周圍は忽ち市を成して人口の增加すると共に地價も亦騰貴す可し是等の利益を軽々に看過するは人間社會に實利の在る所を知らざる者なりとまで痛論してりしが世間或は此論旨を早合點し扨は時事新報は鐡道に就き公衆の便不便を喋々するのみにして鐡道の會計をば度外に置き曾て其損益を顧みざることならん錢の勘定に無頓着なる官線の如きは兎も角もなれども苟も利益を目的にする私立の鐡道會社に於ては自家の利害を犠牲にして公衆の便利のみに奉ずるを得ず今日鐡道會社の收入は甚だ苛くして會計に節減を加へ百方力を盡しても尚ほ株主を滿足せしむるに足らず會社役員の心配は唯この一事なるに然るに今日發車の度數を增し速力を增して爲めに經費を多くしながら一方に賃錢の割合を低くするが如き口に言ふ可くして事實に行はる可らず云々の説もある可し自から一説なるが如くなれども我輩の曾て云へる鐡道會社素町人の會計法とは即ち此事なり元來鐡道事業は物を製して賣るに非ず既に製したる物を人の爲めに使用して恰も其損料を取るものなれば商賣の要は勉て其物を閑却せしめざるに在るのみ製造品を賣るに其價低きに過るときは原價を償はざるの恐あれども損料とあれば之を毀損して原品の價に差響くまでは大に猶豫あるが故に假令ひ損料の割合は高からざるも借用人の數を多くして俗に云ふ數でこなすの主義を忘る可らず卑近の喩を以て之を説かんに豆を以て豆腐を製し漫に其價を低くすれば豆の原價に當らざるが故に豆腐の價には自から定限を存して其以下に下る可らざれども蒲團を作りて貸す者は損料を高くして客を少なくするよりも紛失の心配さへなければ損料は割引しても其品を土藏の内に閑却せしめざるの工風肝要なりとす左れば今の鐡道の理事者は既成の鐡道を以て豆腐にするか、蒲團にするか、商賣上の大問題なり公衆の不便利をも顧みず假令ひ得意の客は少なくとも賃錢の割合は低減す可らずとて鐡道開闢以來の規則を守りて曾て變通の工風なきは豆腐屋が豆の原價相償はざるを恐れて一丁何厘の定價に踏止まるが如くなれども我輩の見る所にては鐡道決して豆腐に非ず寧ろ貸蒲團に彷彿たるものにして一度び工事を終り機關車列車等を備へたる上にて其營業中は既成既有の物を保存して時々之に修繕を加ふるを貸蒲團を洗濯し綿を入替るが如くし唯これを用ること頻繁なるを要するのみ即ち發車の度數を多くし速力を增す所以にして之が爲めに費用を增すには相違なけれども交通便利の爲めに乗客荷物の增加を促がし假令ひ賃錢の割合を低減するも正味の双露盤にては出入を差引して必ず利あるを見る可し既に近來諸處の鐡道會社にて賃錢半減等の臨時法を行ふて却て正味の會計上に利したるが如きは其一例として見る可き事實なり而して鐡道の保存如何に就ては一日に一回運轉するものと十回運轉するものとを比較して十倍の相違なきのみか或は全く運轉せざるものにても自然に破損するの約束にして此點より見れば運轉より生ずる損害の如きは物の數とするに足らず會釋なく之を使用して隨て損すれば隨て修繕し唯得意の客を招き致して收入を多くし以て自から利し他を利す可きのみ之を名けて數でこなすの商賣法と云ふ素町人も實際の貸蒲團ならば或は此商賣法を心得て掛引に抜目なかる可しと雖も鐡道は少しく大に過ぎて活法の適用に思ひ至らざることならん左れば時事新報の記者は鐡道會社の利害を度外視するに非ず之を度外視せざるのみか却て大に利せんことを謀るものなり唯今の會社の理事者は消極的に節儉して云はゞ會社の會計に食延しの策を行はんとし我輩は之に反して積極的に收入の全額を多くし大に儲けて又大に費し其出入の間に正味の純益を大にせんことを欲するのみ盖し理事者は前の比喩に云へる如く鐡道事業を誤認して豆腐屋の商賣と心得日々の帳簿に一錢にても利益の多からんことを願ひ入金の缺を補はんが爲めに出金の口を減縮するが如くなれば我輩は徹頭徹尾貸蒲團の主義に從ふ者なり