「官制改正の發布」
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時事新報に掲載された「官制改正の發布」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
官制改正の發布
行政整理の結果たる官制の改正はいよいよ一昨日の官報を以て發表せられたり一讀するに其事項は一にして足らざれども歸する所は冗員を■(にすい+「咸」)じ冗費を節するの結果に外ならず抑も今度の改革は政府の自發にして當局者が年來計畫したる經費節■(にすい+「咸」)の政策を實にしたるものか又は議會に對して民論の鋒を緩和せしむるの策に發したるものか抑も又政府内に於ける一部の人人は兼てより改革の希望を懷きながら情實の爲めに志を逞ふすることを得ざる折柄、恰も民論の攻撃を苦肉の計に利用して之を行ひたるものか其發意は何れにしても冗員冗費節■(にすい+「咸」)の結果は同一にして此點に於ては別に論ず可きこともなしと雖も茲に考ふ可きは斯くまでに節■(にすい+「咸」)を行ふても政府の地位を維持して行政權を張るに差支なきや否やの一事なり西洋諸國の有樣を見るに政府の仕事は申す迄もなく銀行會社商店の如き人を使用すること案外に少なくして事務は其割合に捗取るの習慣なれども日本に於ては則ち然らず例へば商賣に從事する大店の如き雇人を要すること非常に多くして店先の有樣は恰も番頭小僧の人山を築くが如し斯くては其人は實際に無用のみならず却て事務執行の邪魔にこそなれば兎にも角にも多少の人員は■(にすい+「咸」)少せざる可らず扨その■(にすい+「咸」)少の法を如何す可きやと云ふに心身の薄弱なる者を沙汰して屈強なる者を殘し其殘りたる者に給料を豊にして一倍の勞働を爲さしむるの外に策はなかる可し例へば政府が冗員沙汰と云へば是れまで月給五十圓の役人五名の處に二名を■(にすい+「咸」)じて三名と爲す其代りに三名の者へ七十圓を給するときは政府の支出は從前の二百五十圓を二百十圓に■(にすい+「咸」)じて四十圓を利し事に當る三名は二十圓の増給なれば必ず奮發して五人前の仕事は容易に埒明く可し双方の利益にして是れぞ眞實有効の法なる可きに然るに今回の改革には唯人を■(にすい+「咸」)ずるのみにして五人の處は三人と爲りたれども月給は依然五十圓のみか或は其上にも多少の■(にすい+「咸」)額を見ることある可しと云ふ勞は以前に倍して其勞働を勵ますの報酬を得ず萬般の政務に差支を生ずることなかる可きや詰り行政の不振を招くの本ならんと我輩の聊か掛念する所なり抑も政府の威權の漫に大なるは素より好まざる所なれども專制の習慣より立憲の治風に遷らんとする今日の時勢に當りては行政權の活溌鞏固を要すること勿論にして萎靡不振の弊は最も警む可き所なり識者の竊に憂ふる所は此一點のみ又一方に向て今回の改革は民論を和ぐるの方便として如何なる效能ありやと云ふに行政の改革云云とは民黨の常に唱ふる所なれども我輩の毎度いふ如く其輩の口に唱ふる所は心に思ふ所に異なり其思ふ所は自から他に存することなれば今度の結果は單に其人の心を悦ばしむるに足らざるのみか是れまで用ひたる論鋒の向ふ處を失へば更に轉じて他の口實を設け以〓政府に反對すること甚だ易し既に行政の不振〓〓き又他の反對を和ぐるに足らず當局者は恰も勞して功なきものにして行政整理の結果甚だ頼母しからずといふ可し但し今度の改革と共に發表して少しく異なるものは文官試驗規則の改正にして從來官立學校の卒〓〓に與へたる特典を廢し一般の學生を同一樣に取扱ふの一事は世論の滿足する所なる可し此事に就て民黨の人人は曾て公然その非を鳴らしたることなしと雖も其内實は熱心に改正を希望したること萬萬疑ある可らず當局者も其心を察して改正を行ひたるものならん民論は意外の滿足を得たることならんと雖も當局者に於て能く此邊に注意し他の心を推察して自から行ふ程に優しき思遣りのありながら行政の改革に就ては只その口にする所を聞て心に思ふ所を悟らず眞正直に斷行して無粹の譏を免れざりしは我輩の遺憾に思ふ所なり