「行政改革の反對に處する政府の覺悟は如何」
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時事新報に掲載された「行政改革の反對に處する政府の覺悟は如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
行政改革の反對に處する政府の覺悟は如何
政府が此度行ひたる行政上の改革は第四議會に於て誓言したる「政府は第五議會開會までには行政各部を整理し政費節■(にすい+「咸」)の實を擧ることを勉む可し」との約束を實行したるものに外ならず思ふに不日開會す可き第五議會は此改革に對して如何なる方向を取る可きや其改革は約束の旨に違はず總て宜しきを得たりとて一も二もなく滿足を表すれば誠に以て妙なれども我輩の毎度豫言したる如く民間政黨の政府に反對する論鋒は眞實心に思ふ所を表白するものに非ず只政府を苦しむるの口實として政費云云を唱ふるまでのことなれば今回の改革にして果して約束の旨の違はずとするも其滿足を得ることは到底望む可らず况んや昨今民論の有樣を見るに早く既に不同意の氣色を顯はして云云するの口氣もあるが如くなれば第五議會に於ける劈頭第一の問題は改革の始末にして反對の鋒は先づ此方面に向ふものと見て實際に間違なきことならん即ち其反對の論旨を想像すれば政府は改革の誓言を爲すに當り其程度を説明して苟も日本國中に政治の見識を有するものをして滿足せしむるの改革を爲す可しと明言したれども今度の結果を見れば吾吾の見識に於ては到底滿足すること能はず殊に海軍の如きは大に改革す可しとの旨を誓ひたるにも拘はらず實際の始末は甚だ緩慢にして整理の實を擧げたるものとは認む可らず斯る改革は吾吾の决して甘んぜざる所なりとて一一その事實を擧げて反對の意を表することならん民黨の所論果して此に出づるときは政府は之に對して如何に答辯す可きや其答辯こそは眞實政府の决心を顯はすものにして啻に議塲内一時の辯論に止まらず政府内外の向背も將來の主義政略も之に由て决する程のものなれば决して等閑に付す可らず我輩の所見を以てすれば其决心は硬軟の二樣にして若しも政府の意見飽までも硬なるに於ては答辯の意味は先づ左の如きものなる可し
議會は政府にて擧行したる行政整理の結果に就き云云する所あれども本來行政の事は憲法上天皇の大權に屬して議會の喙を容る可き所に非ず又海軍の整理の如き特に宮中に委員を置き調査の上、親裁あらせられたることなれば臣民の分として之を議するは恐れ多き次第なり抑も行政整理の事たる本年二月十日の詔勅を體し吾吾閣臣が責を負ひ審議熟計して裁定を仰ぎ奉りたるの結果に外ならず閣臣と議會とが立憲の機關として各その權域を愼む可しとの精神は議會が其結果に就て云云するを許さざるなり
或は之に反して政府の意見軟に出でんか左の如くなる可し
議員諸君の行政整理に關するの意見は政府に於ても亦これを領せり抑も政府は詔勅の旨に從ひ第四議會に於て第五議會の開會までには行政各部の整理を爲し政費節■(にすい+「咸」)の實を擧げ日本國中にて政治の見識を有するものをして滿足せしむ可きを明言したり爾來直に行政整理委員を設けて調査に從事し上は詔勅に對し奉り下は議會に明言したる約束に對し必ず其實を擧げんことを勉めて敢て懈らず過般の改革は即ち其結果なり政府が其事を等閑に付せずして大に勉めたるは諸君に於ても諒せらるる所なる可し思ふに行政の整理は詔勅にもあるが如く其必要に從ひ徐ろに審議熟計して違算なきを期すること無論にして政府は鋭意その實を擧ぐることを勉めたれども何分にも短日月の間に各般の整理を爲したることなれば或は多少の違算なきを期す可らず素より此結果を以て充分と認むるものに非ざれば尚ほ諸君と和衷恊同して詔勅の旨を體し更に進んで其實を擧ぐることに怠らざる可し
前説の如く大權云云の表面より切て放たば政府の决心は明明白白にして疑を容るるものなく部内の向背の如き掛念するに足らざるのみか議會の反對も之に對しては如何ともす可らず只鉾を收めて閉口す可きのみ改革の始末に就ては誰れ一人として議するものもなかる可しと雖も恰も水門を鎖して流を支ゆると同樣なるが故に水勢を激することはますます大にして他の方面に於ては氾濫の患を免る可らず左れば此決心を爲すには豫じめ最後の覺悟もなかる可らず今の政府に於ては果して其覺悟ある可きや否や或は後説の如く柔軟の手段に出でんか議會の論鋒は之が爲めに緩和して百事無難の經過を見ることもあらんかなれども年來政府に縁故ある一部の人人より見るときは此一事は恰も政府を擧げて民黨に降服するの感情を免れざるが故に其人人は力を極めて之に反對し同類相結んで當局者を攻撃する其結果は或は現政府の地位を動かすに至るやも知る可らず此邊の事情は當局者の飽までも知る所にして隨て最も掛念する所なる可し思ふに政府が改革に對する議會の反對に處するの决心は硬軟いづれに出づ可きや第五議會の開會に際して最も注意を要する所なる可し