「第五議會」
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時事新報に掲載された「第五議會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
第五議會
は本日を以て招集せられいよいよ來る二十九日より開會す可しといふ議會の紛擾は毎度の沙汰にして開設以來既に四年を經過して四回の度數を重ねたれども一回にても無事に會期を終りたることなし即ち第一期は豫算の削■(にすい+「咸」)に就き同意不同意の爭を生じて推問答の末、漸く姑息の折合を告げ第二期に至りては終に解散となり第三期には撰擧干渉云云の爲めに議塲穩かならずして停會の事あり而して第四期に至りては世人の知る如き始末にして若しも詔勅の煥發なかりせば如何なる結局を見しやも知る可らず既往既に斯くの如し今度の第五議會とても其大勢を卜知するに難からざる可し左れば議會は只年年歳歳紛爭を事とするのみにして日本の政治上には何等の效能もなき有害物なるが如くなれども國事の全面より靜に觀察するときは其紛爭の中にも自から效能の少なからざるを見る可し試に議會の開設前と其以後とを比較して政府の有樣如何を案ずるに施政の趣は次第に變化して從來の弊習を改めたるもの一にして足らず例へば所謂政費の節■(にすい+「咸」)、冗員の淘汰を始めとして官吏に固有なる横風の弊を矯め人民に接するの擧動を謹しむに至りたるが如き專制的の政弊を改めたるは近來著しき事實にして議會開設の結果と云はざるを得ず故に弊事矯正の一點に於ては政論の紛爭も亦自から無益ならず我輩は明に其效能を認むるものなれども然れども其效能は唯害を除くのみにして新に利を謀るものに非ず今日の時勢を察して政務を擴張し新に業を興し事を企てて日本の富殖繁榮を謀り以て世界進歩の大勢に應ずるの一段に至りては議會の擧動に對して大に遺憾なきを得ざるなり之を喩へば從來の政弊は人の病に罹りたるものの如し其病たる决して輕視す可きものに非ざれば平生の不養生を戒しめ又その惡習慣を矯めしむるは病を治するに必要の手段なれども單に治療の方を施すのみにして滋養を與ふることを爲さざるのみか剩さへ身體の運動をも禁ずるときは假令ひ病は治するも健康活溌の動作は望む可らず或は其病人にして頼み少なき老人ならんには消極の攝生法を專らにして單に餘命を繋ぐの工風も亦或は可ならんなれども今の日本は前途多望なる壯年の境遇に在るものにして政府の情實病と名くる一時の病の爲めに苟も躊躇す可きの時に非ず世界進歩の大勢は日一日よりも新にして列國の競爭は政略に商略に寸時を爭ふの急に迫りながら國内に於ける些末の爭の爲めに時機を空ふすることもあらんには忽ち進歩の大勢に後れて富殖繁榮は到底期す可らざるに至る可し思ふに議會の紛爭は自から原因を存して遽に止む可らず今回も亦前回の如くなることならん誠に止むを得ざる次第なれども苟も國の政に參して責任の重きを知るものは今の大勢の容易ならざるを察して其紛爭の間にも國家全體の利害を心に記し事を誤らざるの心掛肝要なる可し議會の開會に際し例に由りて一言の希望を述ぶるものなり