「・政府の提出案に就て」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「・政府の提出案に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・政府の提出案に就て

政府が明治二十七年度に於て實行せんとする施政の方針は未だ當局者の説明を得ざれども既に議會に提出したる歳計豫算及び各種の議案に徴するときは其大要を窺ふに足る可し依て聊か概評を試みんに

海軍省の軍艦製造費は毎度議會の反對する所にして其否決の結果は第二議會に於ては政府が解散を斷行したる理由の一と爲り第四議會に於ては詔勅の煥發を促したる一原因と爲りたる程のものなれども今度の豫算には其費目を見ず或は議會の反對を憚かりて見合せたるものか又は既に着手したる巡洋艦甲鐵艦の在るを以て當分は差支なしとして猶豫するものか其理由果して後者に在らんには軍艦の製造は漫に急ぐ可らずとの我輩の素論に合ふものとして同意を表する所なれども海軍に軍艦の製造費を見ざる其代り同じ軍事費の中に

陸軍省に於ては砲臺建築費の增加を認めたり即ち其新計畫に係る鳴門、呉廣、佐世保、對馬の砲臺にして何れも國防上に肝要の場所なれば固より等閑に付す可らず我輩の敢て異議なき所なり但し呉廣、佐世保は海軍鎭守府の所在地なれば或は鎭守府廢合の説もある今日に此地に砲臺の建築と聞ては政府部内の折合の爲め製艦費の埋合として陸軍の所管に特に此項を見るに至りたるものなる可しとの邪推あるを免れざる可きか内務省に於ける大井、阿武隈等諸川の修築工事の新費目又は内利根、北上等諸川の工事に係る繼續費の年割額增加は第四議會に當局者が明言したる河川堤防の工事は追て計畫を定めて提出す可しとの約を履みたるものならん其計畫は我輩の贊成する所にして唯工事の實際に監督注意の綿密ならんことを希望するのみ

遞信省の電話交換事業の擴張及び佐賀關、沖繩、隱岐の海底電線の新設は共に必要の事業にして一日も急にせざる可らざるものなり思ふに世論の反對なき所ならん經常臨時の部に於て特に注目す可きものは先づ右に記したる費目なりとして扨剩餘金の始末に就ては從來の殘額及び二十六年度以降に於て生ず可き剩餘金にして特に用途の指定なきものは

非常準備金 に編入するの計畫にして政府は別に法案を提出したり其案に據れば非常の天災事變の爲め一般の歳入にて辨じ難き場合には此準備金より補充するの法にして此法に從へば從來の如く緊急の支出に對して事後承諾を求むるの手數もなく誠に便利なるが如くなれども既に其法の設ある以上は各地方の水難風害等、別に非常の天變と見る可らざる場合にも其地の人民等が救助の請願など動もすれば騷々しき運動して始末に困却することも多いかる可く又は之に對する政府の處置に就ても隨分面倒の事なきを期す可らず法の便なると共に面倒も亦多きことなれば宜しく一考を要する所なる可し次に二十七年度の歳入過金の處分に至りては五百二十萬圓餘の内、凡そ百萬圓は

海外の航路擴張 に就て航海業に保護を與ふ可しと云ふ航路擴張の保護は我輩の大に贊成する所なれども海外の航路とは如何なる航路を指すか將た其航海の保護は百萬圓の少額にて果して充分なるや否や疑を存する所なれば其法案の提出を待て更に論ず可し又その中の四十萬圓を以て

普通敎育の補助 に供するの一事は可もなく不可もなし只一般事業の緩急を謀り果して斯る餘裕あらんには是種の補助に充つるも差支なしと云はんのみ最後に其殘額の内、凡そ三百七十五萬圓を以て

地價修正 に充つると云ひ其法案を提出したるに至りては兼てより斯くある可しとは期したることながら我輩の徹頭徹尾反對を表する所なり昨年の修正案は酒、煙草、所得三税の增加と聯關して恰も政略的に提出したることなれども今回は超過金を以て其費用に充つるを明言したるを見れば政府はいよいよ民論の反對に堪へずして眞實これに屈したるものと認めざるを得ず我輩は政府の此處置に對して更に意見を述べて大に反對する所ある可しと雖も現政府の基礎は甚だ固からずして共に國家の經綸を語るに足らざることを敢て茲に斷言するものなり